【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「おっさん!! 呑気に茶なんか飲んでる場合じゃねーだろ! 収穫あったんだろうな!?」

 柱の陰から飛び出してきた蒼牙は待ちきれないとばかりに足を踏み鳴らしている。

「悪い。偶然仙水と会ってな。……それとなく話を振ってみたが、お前が期待しているようなことは聞けなかった」

 元より、蒼牙の知りたがっている疑問のほとんどに答えを出すことが可能であったエデンだが、この世界の理を知る九条が他言することを良しとしていないのだから自分が言うわけにはいかない。だからこそ彼は彼なりのやり方でこの世界を救う手立てはないかと悠久の王のもとを訪れたのである。

「それともうひとつ。悪い知らせだ」

 収穫がないと聞いて愕然としていた蒼い髪の少年の顔が、<雷帝>の言葉によってさらに曇る。

「……あんま聞きたくないぜ」

 この流れからするに、頼みの綱として考えていた案のひとつが消えてしまったのだろうと容易に察しがつく。
 そんな悪い予感に耳を塞ぎたくなる蒼牙だが、遅かれ早かれこの世界の命運に関することとなれば覚悟を決めなくてはならない。

「……日を改めたほうがいいか?」

 初めから悠久の王の力など借りようとも思っていない年長組の三人はともかく、大いに期待しているであろうこの少年には世界を救う手立てのひとつが無に帰したことを知らせるのが蒼牙の為でもある。しかし、悠久の王が頼れないとあらば……この世界の崩壊に歯止めをかけられる人物がいないという現実がこの少年に突きつけられてしまう。あまりに重すぎる話をひとり背負うのは如何ばかり負担だろうかと考えると、心の準備というものが必要に違いない。

「いや……、先延ばしにしてもどうせ結果は変わらないんだろ? だったらいま聞く」

「……それもそうだな。場所を変えるか」

 蒼牙は長く荒廃した世界に身を置いている者としてそれなりの覚悟を持っていると判断したエデンは静かに頷くと、唯一の希望とみていた<悠久の王>とのやり取りを歩きながら話し始めた。

「実は……お前と別れたあと、キュリオ殿に御助力いただけないか謁見を申し出ていたんだが……」

「本当かっ!? 
……で、会ってもらえなかったってわけじゃないんだろ? もったいぶる必要はないぜ」

 思ってもみなかった他国の王の名に一瞬瞳を輝かせた蒼牙だが、言葉に力のない<雷帝>の様子からおおよその見当はついてしまう。

「あぁ、それはもちろん快く受けてくださったさ。
だが、この世界のことを伏せて話す俺に不信感を抱かれたご様子だった」

 無条件で力を貸すと申し出てくれた上位の王に対し、恩を仇で返すようなやり方はエデンにとっても不本意だった。
 遠くを見つめる<雷帝>の瞳はキュリオへの申し訳なさと、一行に解決の糸口が見えないこの世界との狭間で揺れ動いているように見えた。

「まぁ、そうだよな……」

(……おっさんには悪いことをさせちまったな……)

「それでもキュリオ殿は御自身が赴くと申し出てくださったんだ」

「……それで?」

「お前も知っている通り、向こうの世界からこの地へ辿り着けるのは<雷帝>と称される俺と……歴代の<雷帝>だけだ。それはいつの時代も変わらん。それを承知の上でキュリオ殿の分身とも言える翼の一部を預かった。……が、やはり通過できたのは俺だけだった」

「あーあ。やっぱ無理か……。
<初代>が消滅した時点で世界が狂っちまったっていうのは聞いてたけどよ、俺はまだ諦めないぜ! うまくいかねぇってことは、考えによっちゃ時が来てねぇってことだろ?」

「…………」

 エデンは頷くことも否定することもできずにいる。

「第一! あいつらがのんびりしてるうちは何も起きねぇって!!」

 蒼牙は嫌な予感を振り払うように、そして自分に言い聞かせるように声を張り上げて大きく伸びをする。
 しかし、その伸びの分だけ落胆しているのだとエデンにはわかってしまう。この小さな少年は年長者三人が思うよりも周りが見えており、誰も傷つかぬよう……再び、あのような悲劇が起らぬよう小さな変化も見逃さない覚悟なのだ。

「――そうだな。いまはまだ動く時ではないのかもしれんな……」


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