【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
舞い降りた"微風"
「……返す言葉も、ありません……」
(ウィスタリアがキュリオ様へ抱いていた想いが狂気に変わるなど……考えもしなかった)
女神一族の気高き精神は<悠久の王>に寄り添い、民の手本となるべき存在でなくてはならない。その一族を代表する長であったあの穏やかで賢いウィスタリアが、なぜこのような正気の沙汰ではない行動に及んでしまったのか? 理由を尋ねようにも精神状態の崩壊した今の彼女に答えることなど不可能だった。
「ふむ。ウィスタリア殿のことは残念じゃったが、お主はお主じゃ。一族を導くに相応しい長となるようキュリオ様も期待しておる」
「…………」
(……ウィスタリアがああなった今、二の女神である私が一族の長……)
一族の顔でもあったウィスタリアを補佐する一方、剣術に秀でた二の女神スカーレットの秩序と平和を愛する広い心は、キュリオや民からも一目置かれるほどの存在だった。そんな彼女が次の長となるならば歓迎されないはずはないのだが……複雑な想いを抱いたスカーレットの視線が下がって足元を見つめる。不名誉な理由からウィスタリアを外すことになってしまったのはもちろん、もうひとつ抱えるスカーレットの苦しみを知る者は極一部の人間だけで、その中にはもちろんキュリオやガーラント、ブラストも含まれていた。そしてその誰もがスカーレットの心を理解しながらも、型にとらわれず強く羽ばたくことを心から望んでいた。
「そのことですが、私ではなくシャルトルーズを……」
スカーレットがすぐ下の妹である<三の女神>の名を口にし、長の地位を辞退しようとしたその時――……
「きゃあっ」
「…………」
(……赤ん坊の声……?)
然したる気を留めたつもりはなかったが、風にのって響いた柔らかな声の主をスカーレットの視線は無意識に探して彷徨い、尚も続くその声はまるでスカーレットの背負う悩みをあたたかく包み込むような春風にも似た不思議な感覚だった。
同様にアオイの笑い声を耳にした大魔導師は穏やかに目元を綻ばせると、ひとつの予感を胸に励ましともとれる言葉をスカーレットへ残す。
「――時が流れれば風向きも変わろう。
……今はまだ微風(そよかぜ)だとしても、いつかお主の味方となり、追い風となってくれる御方が現れるかもしれんからのぉ」
(スカーレット殿が真の一族の長となるとき、即ちそれはキュリオ様の不動の御心を動かすことのできる大切な御方の働きによるものじゃろう……)
突如悠久に舞い降りた愛らしい"微風"をその腕に抱きとめ、自らの意志で己の傍に留まらせたキュリオ。世間では"身寄りのない子を養子として迎えることは大いにあり得る話"も、王の娘とあらば地位を授けるなど話が大きく変わってくるのだ。もしかしたら孤児にそこまでする必要があるのかと疑問を持つ者もいるかもしれない。しかし、感情までをも制約される謂れのない王の心は元来自由であり、尊重されて当然なのだ。
そんな大魔導師の含みのある言い方にスカーレットは「それは予言ですか?」と、現実的な彼女にしては似つかわしくない言葉が口を注いで出た。
「はっはっ! そんな大それたものではないぞ?
"予言"ではなく"予感"というのが正しいじゃろ!」
「んきゃぁっ」
ガーラントの楽しげな会話に呼応するかのように、スカーレットの暗雲を照らす赤子の笑い声が心地良く響いた――。
(ウィスタリアがキュリオ様へ抱いていた想いが狂気に変わるなど……考えもしなかった)
女神一族の気高き精神は<悠久の王>に寄り添い、民の手本となるべき存在でなくてはならない。その一族を代表する長であったあの穏やかで賢いウィスタリアが、なぜこのような正気の沙汰ではない行動に及んでしまったのか? 理由を尋ねようにも精神状態の崩壊した今の彼女に答えることなど不可能だった。
「ふむ。ウィスタリア殿のことは残念じゃったが、お主はお主じゃ。一族を導くに相応しい長となるようキュリオ様も期待しておる」
「…………」
(……ウィスタリアがああなった今、二の女神である私が一族の長……)
一族の顔でもあったウィスタリアを補佐する一方、剣術に秀でた二の女神スカーレットの秩序と平和を愛する広い心は、キュリオや民からも一目置かれるほどの存在だった。そんな彼女が次の長となるならば歓迎されないはずはないのだが……複雑な想いを抱いたスカーレットの視線が下がって足元を見つめる。不名誉な理由からウィスタリアを外すことになってしまったのはもちろん、もうひとつ抱えるスカーレットの苦しみを知る者は極一部の人間だけで、その中にはもちろんキュリオやガーラント、ブラストも含まれていた。そしてその誰もがスカーレットの心を理解しながらも、型にとらわれず強く羽ばたくことを心から望んでいた。
「そのことですが、私ではなくシャルトルーズを……」
スカーレットがすぐ下の妹である<三の女神>の名を口にし、長の地位を辞退しようとしたその時――……
「きゃあっ」
「…………」
(……赤ん坊の声……?)
然したる気を留めたつもりはなかったが、風にのって響いた柔らかな声の主をスカーレットの視線は無意識に探して彷徨い、尚も続くその声はまるでスカーレットの背負う悩みをあたたかく包み込むような春風にも似た不思議な感覚だった。
同様にアオイの笑い声を耳にした大魔導師は穏やかに目元を綻ばせると、ひとつの予感を胸に励ましともとれる言葉をスカーレットへ残す。
「――時が流れれば風向きも変わろう。
……今はまだ微風(そよかぜ)だとしても、いつかお主の味方となり、追い風となってくれる御方が現れるかもしれんからのぉ」
(スカーレット殿が真の一族の長となるとき、即ちそれはキュリオ様の不動の御心を動かすことのできる大切な御方の働きによるものじゃろう……)
突如悠久に舞い降りた愛らしい"微風"をその腕に抱きとめ、自らの意志で己の傍に留まらせたキュリオ。世間では"身寄りのない子を養子として迎えることは大いにあり得る話"も、王の娘とあらば地位を授けるなど話が大きく変わってくるのだ。もしかしたら孤児にそこまでする必要があるのかと疑問を持つ者もいるかもしれない。しかし、感情までをも制約される謂れのない王の心は元来自由であり、尊重されて当然なのだ。
そんな大魔導師の含みのある言い方にスカーレットは「それは予言ですか?」と、現実的な彼女にしては似つかわしくない言葉が口を注いで出た。
「はっはっ! そんな大それたものではないぞ?
"予言"ではなく"予感"というのが正しいじゃろ!」
「んきゃぁっ」
ガーラントの楽しげな会話に呼応するかのように、スカーレットの暗雲を照らす赤子の笑い声が心地良く響いた――。