【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

敵の本性

 ――ひっそりと寝静まった館の敷地の壁は高く、街とは違う異質な空気が滞っているように感じた。
 所々に配置された灯火を避けながら暗がりを歩き、北の館と思しき建物の様子を外からうかがっていると小さな灯りが見えた。

(扉の前には護衛がふたり……)

 窓を割って侵入すればあっという間に人の目について捕まってしまう。
 青年は一歩下がって建物の外観を眺めると、上の階の窓がわずかに開いているのが見えた。

 甘い香の漂う一室で黒い影が蠢いている。頭の芯が痺れるような香りの充満するこの異様な空間で金属音の後、測りにかけている天秤が無気味に揺らぐ。
 やがて一通りの作業を終えた華奢な男は深い吐息をついて手身近な椅子へと腰を下ろした。

『――その薬、ご自分で飲んでいただけますか?』

『……だ、誰だっ!!』

 ハッとした男が咄嗟に立ち上がり振り返ると、そこに居たのは――

『私は水守り一族副当主の従者。貴方がどれだけ偽りを述べようと、私には通用しないことを覚えておいてください』

 スラリとした高身長に清流のような水色の長髪と瞳。陶器のように透き通った美しい肌は灯火の光をうけて黄金色に輝いて見える。
 さらに青年の眼光はその美しい容姿とは似つかずに激情を秘めて鋭く光っていた。

『……なんだぁ、従者か……。副当主様がいらして、いると……伺っておりましたが、ただの従者がぁ……なんの、御用でぇ?』

 男の頬と目は抉(えぐ)れるほどに落ち窪んでおり、髪も痩せて骨と皮だけの骨ばった指は尋常ではないほどに小刻みに揺れ、緩んだ口元からは抜けた歯の合間から涎が滴り落ちている。
 しかし、従者と聞いて明らかに見下した態度と口調だったが、その瞳には落胆の色が見え隠れしていた。

『その薬を飲んでいただけないかと、私は申し上げたはずです』

 男の危うい見た目から彼自身が薬に侵されている可能性を感じ取った青年は再度強い口調でその先を促す。

『こんなぁ……、高価な代物……お、お、おれにはっ……へへっ!!』

 勢いよく立ち上がった男の手にはガラス瓶が握られており、次の瞬間には青年の足元めがけてそれは投げつけられ、木っ端みじんに砕け散った。

『ぎゃっはっはっ!!』

『!?』

 男が無気味な奇声をあげた瞬間、青年の視界がぐにゃりと歪み、激しい頭痛と吐き気に片膝をついた。目の前が真っ暗になるほどの激しい動機、滝のような冷や汗は命の危機を知らせるべく止めどなくあふれてくる。

『おぉおおぉおっ!! こ、こ、これで即死しねぇのかっっ!? さすがだなぁっ!!! ひゃっは~~っ!!!!』

『……っ、き、さ、まっ……!!』

 呼吸さえままならない青年だが、その眼光は怒りに満ちてギラギラしている。

『このあまぁい香りたまんねぇだろぉ……? ちょぉっと吸い込むだけなら痛みや苦しみを和らげる薬になるんだぁ……。で? で? で? 耐性のない人間が、短時間でたぁっくさん吸い込むとぉ……どぉなるかなぁ~~♪』

 まるでステップを踏むように小刻みにダンスを始めた男が異常なテンションで膝まづく青年のまわりをうろつき始める。

(……この、程度の薬などっ……!)

 深い深呼吸ののち、意識を集中させた青年の体が蒼白く光り輝く。
 内に秘める聖なる力が波紋のように広がり、体内に浸食した謎の物質を光と変えて浄化していく。瞬く間に息苦しさから解放された青年は怒りを湛えた瞳で立ち上がった。
 
『ん~~~、ん~~~、ここでぇ、大人しく捕まってくれないとぉ~~~、当主様がぁ~~~! ってねー!!』

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