【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「姫様♪ 今日はお天気もよろしいので、お庭でランチになさいませんか?」

 たくさんのぬいぐるみに囲まれて上機嫌な幼い姫は、女官の言葉を最後まで聞き終えると春の日差しのようにあたたかな笑みを向けて大きく頷いた。
 あまり難しくない聞きなれた単語の組み合わせならば理解できる年頃となり、喜怒哀楽を伝える手段も増えたことから自然と会話も増えて、より一層悠久の城は賑わいをみせていた。
 
 女官に抱かれ、広い階段を下りて中庭に続く扉をくぐる。
 真っ白な光の溢れるそこは、新緑の香りと花々の匂いを穏やかに湛え、いくつもある噴水は美しい七色の橋をつくってアオイらを出迎えてくれた。

「アオイ姫」

「!」

 白銀の長い髪がサラサラと風に揺れて煌き、スッと立ち上がった狐の耳と幻想的な銀色の瞳が美しいダルドが木陰から現れた。

「だうー!」

 女官の胸元から頬を染めて手を伸ばしてきたアオイにダルドの口角が上がって切れ長の瞳がさらに細められる。
 幼児らしく愛らしい曲線を描くアオイを胸に抱き締めると、甘いミルクの香りがダルドの鼻先をくすぐり、嬉しそうに声を上げるアオイのそれはダルドの五感を刺激して高揚感を煽る。

 ひとしきり互いのぬくもりを確かめ合ったところでアオイが小さな"おともだち"をダルドに引き合わせようとゴソゴソしているところでダルドが気づいた。

「どうしたの?」

 ウルフのことがよっぽど気に入ったのか、アオイは大事そうに抱えていたぬいぐるみをダルドへ向けてニコニコと微笑んでいる。

「へへっ、わんわんっ! いっちょ」

 アオイの片言の言葉にもダルドにはちゃんと伝わっている。

「アオイ姫は僕のことをずっとわんわんと言っているけど、僕はわんわんじゃないんだ。そしてたぶんこれは……」

「あおい、わんわんちゅき」

 ウルフのぬいぐるみを抱えながらダルドに抱き着いたアオイは"どちらのわんわん"が好きか? そこにいる誰もが知りたがったが、先手を打ったのは他でもないダルドだった。

「僕もアオイ姫が好きだよ」

 潤んだ瞳で見つめ合うふたりは額縁に収まった絵画のようにとても美しかったが、疑問を抱いた者がここにひとり。

「……ダルド様がっ……ご、強引に相思相愛に持ち込まれたっ……!」

 あまり感情を表に出さない物静かなダルドがそんなことを言うとは思っていなかったため、かなり意外だったのだろう。
 動向を見守っていたアレスがゴクリと喉を鳴らしながら唾を飲み込んだ音が聞こえる。
 
「アレス、そうしそーあい……ってなんだ?」

「……」

「……おーい、アレス? なぁってば」

「…………」

 聞きなれない言葉にカイが首を傾げながらのんびり構えているが、意味を知ったら無理矢理にでもダルドとアオイの間に割って入り、挙句の果てに王の耳にまで届きそうな大きな声の持主に危機感を抱いたアレスは聞こえないふりを貫いて悠久の平和を守ったのだった――。

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