【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
楽し気な笑い声が響き、あたたかな雰囲気のなか幼い姫君の昼食は進んでいく。
もうひとりで食事がとれる年頃になっていたが、キュリオがそうするように女官や侍女らはまだまだアオイを甘やかしたくてしょうがないようだ。
「お上手ですわ姫様♪ はいっもうひとくち召し上がってくださいませっ♪」
悠久の国において第二位の地位をもつアオイは、王のキュリオと同じく従者たちと食事をすることはない。このときのアオイはまだそれを理解できず自身に差し出された菓子を皆に食べさせようとすることが多々あり、カイなどは女官たちの目を盗んで有難く"あーん"をさせてもらっていることがあるが、他の従者はアオイの優しさを拒絶しなければならないことに少なからず心を痛めていた。
小さくカットされたフルーツをぎこちなく握りしめたスプーンで女官の口元へ運ぶが、聖母のように微笑んだ彼女は悲し気に眉間へ皺を寄せながら首を横へ振って答える。
「……申し訳ございません姫様。わたくしたちは頂けませんわ」
幼いながらにこの楽しい時間を共有できないことにアオイは寂しそうな声を上げる。
「うー……」
きっとアオイの胸中には"……どうして?"という悲しい想いが溢れていたに違いない。
それでも誰かを困らせることは決してしないアオイは自分なりに感情をコントロールしようと懸命だった。
「…………」
(きっと、わたしが……ちいさいから……)
皆が思うよりも思考が発達していたアオイは必死に自分と皆との違いを探していたのだ。
誰もが優しく、愛をもって接してくれることはきちんと理解していたが、まだ流暢にしゃべれない言葉も違いすぎる背丈も……このときのアオイにとって歯がゆいことばかりだった。
「アオイ姫、僕がもらうよ」
膝の上にアオイを抱いていたダルドが背後から行き場所を失ったスプーンを口に含んだ。
神秘的な白銀の髪が頭上からサラリと流れ、美しい人型聖獣の紡ぐ鳥籠に囚われたように視界を阻まれたアオイ。
キュリオと食事が許されているダルドはアオイとの食事も許可されており、ダルドは自分の食事を進めながらアオイをずっと注視していた。
「へへっ」
寂しそうな表情から一転、ダルドの機転で寂しさが和らいだアオイは彼を見上げて嬉しそうに笑った。
こうして寂しさを紛らわせてくれるダルドが傍に居ることで、再びアオイの声が舞い戻った悠久の城。その心地よい声を子守唄にヴァンパイアの王は大樹の幹の上で転寝をしている。
「お腹がいっぱいになって眠いみたいですわね」
穏やかな眼差しでアオイを見守っていた女官が、昼食の跡が残るアオイの口元を優しく拭いながら呟いた。
そう言われてみれば、ダルドへ身を預けて笑っていたアオイの目の閉じる時間が長くなってきた。
徐々に失われていく表情に彼女を抱えて立ち上がったダルドは、キュリオがそうするようにゆったりとした足取りで中庭を歩きはじめる。
「……」
(かわいい、アオイ姫……)
手頃な木陰を探して木の根元に腰を落ち着けるころには、すっかり夢の中のアオイは時折口を動かしながら愛らしい寝息を立てていた。
頭上を涼やかな風が流れ、木の葉が奏でる音とあたたかな日の光、そしてアオイのぬくもりがダルドをも夢の世界へ誘う。
愛しい存在を胸に抱き眠り、目覚めてもすぐそこに彼女がいる幸せを知ってしまったダルド。
彼もまたキュリオと同じく長寿を約束された身のため、アオイの人生は一瞬の輝きに過ぎない。
アオイのためを思えば、同じ命の尺を生きる悠久の民が共に生きるパートナーとして理想なのかもしれない。しかし、彼女を育んだこの環境が特殊なため、必然的にこの世界でも一握りの特別な者たちが集ってしまうのは最早致し方がない。
溺れるほどの愛に満ちたこのあたたかな日々は、互いに永劫忘れられない悲しい想い出となってしまうのか、それとも永遠に続く幸せな物語となるか。
いつか来るその決断の日は着実に迫っていた――。
もうひとりで食事がとれる年頃になっていたが、キュリオがそうするように女官や侍女らはまだまだアオイを甘やかしたくてしょうがないようだ。
「お上手ですわ姫様♪ はいっもうひとくち召し上がってくださいませっ♪」
悠久の国において第二位の地位をもつアオイは、王のキュリオと同じく従者たちと食事をすることはない。このときのアオイはまだそれを理解できず自身に差し出された菓子を皆に食べさせようとすることが多々あり、カイなどは女官たちの目を盗んで有難く"あーん"をさせてもらっていることがあるが、他の従者はアオイの優しさを拒絶しなければならないことに少なからず心を痛めていた。
小さくカットされたフルーツをぎこちなく握りしめたスプーンで女官の口元へ運ぶが、聖母のように微笑んだ彼女は悲し気に眉間へ皺を寄せながら首を横へ振って答える。
「……申し訳ございません姫様。わたくしたちは頂けませんわ」
幼いながらにこの楽しい時間を共有できないことにアオイは寂しそうな声を上げる。
「うー……」
きっとアオイの胸中には"……どうして?"という悲しい想いが溢れていたに違いない。
それでも誰かを困らせることは決してしないアオイは自分なりに感情をコントロールしようと懸命だった。
「…………」
(きっと、わたしが……ちいさいから……)
皆が思うよりも思考が発達していたアオイは必死に自分と皆との違いを探していたのだ。
誰もが優しく、愛をもって接してくれることはきちんと理解していたが、まだ流暢にしゃべれない言葉も違いすぎる背丈も……このときのアオイにとって歯がゆいことばかりだった。
「アオイ姫、僕がもらうよ」
膝の上にアオイを抱いていたダルドが背後から行き場所を失ったスプーンを口に含んだ。
神秘的な白銀の髪が頭上からサラリと流れ、美しい人型聖獣の紡ぐ鳥籠に囚われたように視界を阻まれたアオイ。
キュリオと食事が許されているダルドはアオイとの食事も許可されており、ダルドは自分の食事を進めながらアオイをずっと注視していた。
「へへっ」
寂しそうな表情から一転、ダルドの機転で寂しさが和らいだアオイは彼を見上げて嬉しそうに笑った。
こうして寂しさを紛らわせてくれるダルドが傍に居ることで、再びアオイの声が舞い戻った悠久の城。その心地よい声を子守唄にヴァンパイアの王は大樹の幹の上で転寝をしている。
「お腹がいっぱいになって眠いみたいですわね」
穏やかな眼差しでアオイを見守っていた女官が、昼食の跡が残るアオイの口元を優しく拭いながら呟いた。
そう言われてみれば、ダルドへ身を預けて笑っていたアオイの目の閉じる時間が長くなってきた。
徐々に失われていく表情に彼女を抱えて立ち上がったダルドは、キュリオがそうするようにゆったりとした足取りで中庭を歩きはじめる。
「……」
(かわいい、アオイ姫……)
手頃な木陰を探して木の根元に腰を落ち着けるころには、すっかり夢の中のアオイは時折口を動かしながら愛らしい寝息を立てていた。
頭上を涼やかな風が流れ、木の葉が奏でる音とあたたかな日の光、そしてアオイのぬくもりがダルドをも夢の世界へ誘う。
愛しい存在を胸に抱き眠り、目覚めてもすぐそこに彼女がいる幸せを知ってしまったダルド。
彼もまたキュリオと同じく長寿を約束された身のため、アオイの人生は一瞬の輝きに過ぎない。
アオイのためを思えば、同じ命の尺を生きる悠久の民が共に生きるパートナーとして理想なのかもしれない。しかし、彼女を育んだこの環境が特殊なため、必然的にこの世界でも一握りの特別な者たちが集ってしまうのは最早致し方がない。
溺れるほどの愛に満ちたこのあたたかな日々は、互いに永劫忘れられない悲しい想い出となってしまうのか、それとも永遠に続く幸せな物語となるか。
いつか来るその決断の日は着実に迫っていた――。