【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 キュリオの目の前に現れたのは人を模(かたど)った……まるで日の光そのものだった。
 
「貴方は――」

 顔は見えない。薄っすらと弧を描いた口元がわずかに見えるばかりの神々しい光の塊。
 纏うローブのような長い衣さえ光輝いて、オーロラのように緩やかに靡いている。

"君の想像通りさ。遥か昔にこの肉体は滅んでしまっているけどね"

「……っ!」

(これは……<初代王>の思念体、なのか?)

 数万年も昔の王の力や残留思念が残ってるなど常識から考えれば有り得ない話だ。
 しかし、神具を与えられる王や、魔法の存在するこの世界では有り得ない話として片づけるには些か愚かである。

 キュリオが頭を下げる人物など今まで唯ひとり<先代王>セシエルだけだったが、相手がかつての<悠久の王>であるならば、そのすべての王たちは至極尊敬に値する存在である。

「お初にお目にかかります<初代王>。私は現<悠久の王>キュリオと申します」

 片手を胸に添え、半歩下がって腰を低くし空色の瞳を閉じたキュリオ。

"なんと……<悠久の王>らしい見事な器量だな。もう少し物怖じするかと思っていたぞ"

 感心したように頷いた<初代王>にキュリオは顔を上げると、恐らく彼の瞳のある場所を見つめ口を開いた。

「貴方はずっとここにおられたのですか?」

"そうだね"

「何の為です?」

"…………"

 急に口を噤んでしまった<初代王>にキュリオの冴えわたった頭脳は的を得て射貫いたようだ。

(<初代王>は後世の王へ伝えたいことがあるのだろう。そうでなければ数万年もの長い間、思念を留まらせる意味がない。もしくは……伝えていく過程で王を欠いた時代がすぐ訪れたか……)

 <先代王>から<次代の王>へと語り継ぐ情報量はそれはそれは膨大な量である。
 だからこそ数年に渡り共に過ごし、日々の生活の中で学び教えていくことが最良の選択であることを身を以て体験したキュリオは断言できる。重要な話であれば尚更、繰り返し言い聞かせることで<次代の王>は事の重大さを思い知り、今度はそれを<後世の王>へ伝え教える側となるのだ。

(彼自身が言い残したこと。もしくは、彼の意志を継ぐ者がどこかで欠如したか……)

 如何せん、憶測を巡らせるにも限界がある。<初代王>から数代先までの王の記録が残っていないのだ。
 この場所に彼がいるということは、その近くに手がかりが残されているということとなり、空白の時代が埋まるかもしれないという期待もあった。
 だが、当の本人の思念体が残っているということは、想像を越えた"何か"がそこにはある。キュリオの考えがそこに行き着くのは、絶滅した動植物や聖獣の生体、当時の生活を伝えるだけならば数万年もの間そこに存在し続けるなど途方もない一手を選ぶわけがない。

(……しかし数万年もの間、当時の姿と意志を保つなど……とてつもない力を持った御方であることは間違いない)

 キュリオの視線が鋭くなる。
 こんな不躾な視線を送るなどあってはならないことだが、<初代王>と顔を合わせるという奇跡よりも、その意味に深刻な事情が隠されているであろうことをキュリオは確信に近いものを得ているのだ。



"君は賢いな、キュリオ。
だが……後世の王というよりは、私は君を待っていたんだ"



 予想を上回るキュリオの明晰な判断に嬉しそうなトーンで答えた<初代王>だったが、まるで心を読む<冥王>のような物言いと名指しされたキュリオは大きな衝撃を受けた――。
 
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