【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 その頃、ダルドの腕に抱かれて目を閉じていたアオイは束の間の眠りから覚め、数回瞬きを繰り返した後に自身を抱く人物を確認するように顔を上げた。

「……」

 白銀の髪が視界をサラサラと流れ、現れた白磁のように透明感のある顔にアオイは見覚えがあった。不器用な優しさを持つ彼のことは記憶を辿らずともすぐにわかる。

「だう……」

 小さく呼びかけると、わずかな声にも反応を見せた彼の愛らしい耳がピクリと動いた。
 長い睫毛がゆっくりと開かれ、神秘的なその瞳がアオイの姿を映すと――

「おはよう。アオイ姫」

「へへっ」

 起き抜けのとろけるような笑顔を向けてくれる幼子に、彼の心にはパッと花が咲いたように至福の色が落とされて。

「花を見に行こうか」

 ダルドがそう笑顔を向けると、嬉しそうに頷いたアオイは彼の腕から降りようと試みたが、眠りから覚めたばかりの足元が覚束ない彼女が転んでしまわぬようにとダルドは降りることを許してはくれなかった。

「……?」

 疑問に思ったらしいアオイはダルドの顔を見上げ小首を傾げている。

「アオイ姫が歩くのはもう少しあと」

 アオイのことを想っての行動であることはもちろんだが、キュリオと同じく愛しいアオイのぬくもりをいつまでも感じていたいという欲求がその行動に拍車をかける。
 我儘を言わないアオイは大人しくダルドの腕の中で散歩を楽しんでいるが、ふわりと宙を泳ぐ蝶を見ては目を輝かせて手を伸ばそうとするのを見る限り、自身の足で追いかけたいのだろうときっと周りの従者たちは思うに違いない。
 それでも彼らの腕の中にいるときの彼女は、何者にも耐え難い護りを得ているのだと考えれば、それもありなのかもしれないと無理矢理自分自身を納得させている。
 そういうのも、この歳にして命の危機を幾度となく経験しているアオイに対する周囲の過保護ぶりは当然と言えば当然のことなのかもしれない。

 ゆったりと歩く白銀の人型聖獣の姿を紅の瞳が遠くから見つめている。

「……珍しいな。あいつ(キュリオ)はいないのか?」

 悠久の城を目指してやってきたヴァンパイアの若き王だったが、確かにキュリオの気配を感じていたのだ。それもアオイを中心として。
 しかし姿が見えないことに気づくと、その気配はアオイの体に流れるキュリオの力そのものだと納得する。

「どれだけ過保護なんだよ……」

 しかし、滅多なことではアオイの傍を離れなかったキュリオが不在となると、いよいよ公務に戻ったか……それかよほどのことがあったに違いない。
 以前の彼ならば、それはそれで何があったか興味を引くものがあったが、今となっては目の前にいる幼子のほうによほど心惹かれている。
 
 そしてキュリオが過保護な理由も……城内で命を狙われた故にアオイの身が心配なのもよくわかる。

(あいつが居なくても俺が守ってやるよ)

 しかし心配なのは彼とて同じで、こうして時折覗いてはアオイを抱いている人物を品定めするように監視していたのだ。

「こいつなら……まあ不足はなさそうだな」

 普段キュリオやガーラントが近くに居るためダルドの力は霞んでしまいがちだが、単体で見ればかなりの力の持主であることがわかる。だが、それが戦いに向いている力かどうかと問われれば正直わからないというのが本音だ。そういうのも、聖獣を捕食しないヴァンパイアは彼らに興味もなく近づいたこともないからだ。

 
 目的地に向かって歩く途中にもたくさんの発見がある。

「ほらここ。小さな虹が出てる」

 噴水の飛沫と日の光が生み出した七色の輝きが美しく宙に橋を架けていた。
 それらは決してひとりで歩いているときには目にも留めないほど当たり前で些細なことだ。だが傍にいるのがアオイだからか、共に目にし、感じ合えることにこの上ない幸せを感じるダルドはそのひとつひとつに足を止めてアオイに声を掛けては眩しそうに目を細めている。

(アオイ姫と一緒だと……ここがあたたかい)

 ダルドはアオイを抱いていないもう一方の手で己の胸の中心をおさえた。
 すると、真っ白い小さな手がダルドのそれと重なって――

「へへっ」

 そのまま首に柔らかく絡みついてきたアオイもダルドの心へ寄り添うように嬉しそうに声を上げた――。
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