【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

王都にもなり得た街

 発掘が行われている地から一番近い街に宿泊することになっていた一行は、月の輝きが目立ってきたこの時分、大所帯で足を踏み入れた。
 すでに灯されていた街灯が賑わう街並みをあたたかく照らすなかを、キュリオとガーラントを乗せた馬車が一行の先頭を行く。

「いい街だな」

 だいぶ古い建物が連なっているが、それでもよく手入れされたそれらは年数を重ねることによって、人が年齢を重ねるように深みのある趣へと変化して街の印象に美しい歴史を感じさせてくれている。

「ですな! 今回の発掘現場にいまでも王の住まう城があったとすれば、ここが王都になったかもしれませぬな」

「そうだな」

 石畳の上を軽快なリズムを刻む馬の蹄の音と馬車が行く音を聞きながら街並みを眺めていると、キュリオの姿を一目見ようと路上に詰めかけた人々が群れをなして道の両脇に押し寄せる。

「うむうむ。儂らがいつまでも健やかに笑って居られるのもすべてキュリオ様のお陰じゃからなぁ。皆、その御尊顔を一目でもと願う気持ちは痛いほどわかりますな!」

「……そうか……」

 キュリオからしてみれば、王としてやるべきことをやっているに過ぎないが、民の望みに寄り添うのもまた王の為すべき事なのかもしれない……という認識は少なからず心に留めているため、自身の姿を遮る布の幕を下ろそうとはせず成り行きに身を任せている。
 片肘をつきながら物憂いげに窓の外を見つめるキュリオの横顔に、ガーラントは城で待つ幼い姫君の存在が脳裏を過った。

「恐れながらキュリオ様、アオイ姫様もこちらにおいで頂くというのは如何ですかな?」

「……っ!」

 唐突な大魔導師の提案に美しい空色の瞳がこれでもかと見開かれた。
 ガーラントは内心(これはいかん申出じゃったか!!)と肝を冷やし、キュリオから厳しい言葉が返ってくるであろうことを予想してすぐさま言葉を取り下げようとしたが――……
 しかし、キュリオの唇から次いで出た言葉は意外なものだった。
 
「……だが、今宵はもう遅い。明日の朝ならばアオイの起床に合わせて私が連れてくることは可能だな」

 密かに今夜から愛娘を連れて来たいという想いがキュリオの心のどこかにあったらしい。
 予想とは真逆の言葉にガーラントは耳を疑ったが、善は急げとばかりに早速腰を上げたキュリオに大魔導師の笑い声が高らかに響き渡った。

「ほぉっほぉっほぉっ!! キュリオ様が明日お立ちになられる頃に侍女らをこちらへ向かわせれば姫様のお世話も出来ましょう!」

「そうだな。まだ幼いが、この経験がアオイにとってよい刺激になるかもしれない。また明日会おう。ガーラント」

 珍しく急いだ口調でそう告げると、街中の民が押し寄せる中で馬車の扉を開いたキュリオは、王の証たる真っ白な翼を広げてあっという間に夜空へ舞い上がる。銀色の光が残像のように一筋の光を残し、神々しいその姿は城を目指してあっという間に見えなくなってしまった。
 ある者は月のように輝いた美しい王と言い、またある者は神を具現化したような眩いお姿だったと言った。

 しかし、この時のキュリオは……自分の帰りを待つ愛娘を想うただの父親のひとりに過ぎなかった――。

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