【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……キュリオ、いまの魔法って?」

 ただならぬ雰囲気を感じたダルドが扉を見つめたままのキュリオへ声を掛ける。

「いや……」

(誰が立ち入ることを禁止したわけでもない。ダルドに罪はなく、アオイが自分を捨てた親を見たとは限らない……)

 一瞬目を伏せたキュリオは背後に立つ人型聖獣へ向き直ると、穏やかな表情で口を開く。

「ダルドはこの部屋でなにか見えたかい?」

「僕は別に……不思議な感じはしたけど、アオイ姫が落ちないようにそっちに集中していたから」

 そう言った彼は腕の中でキュリオとダルドを交互に見つめ、話に耳を傾けているようなアオイへ視線を下げた。

「……そうか、それならよかった。……で、アオイに変化が……?」

 ダルドも心に酷く傷を負った経験がある。自分と出会う前の……乗り越えたはずの過去意外に眠った悲しい記憶が呼び覚まされてしまったとしたら、キュリオは魔法でそれらを消すことも厭わないつもりだったが、その杞憂も不必要だったようだ。
 そして彼女の身に異変が起きていたことはキュリオの目にも明らかだったが、そのときのアオイが怯えていたのか、悲しんでいたのか……水の間で何を見たのかキュリオは手掛かりが欲しかった。

「うん……アオイ姫は何か見えたみたい。手を伸ばして、どこかに行こうとしてたから……」

「…………」

 我に返ったアオイが自分でもダルドでもない人物を探すような素振りをしていたのを思い返すキュリオ。

(ダルドが目にしたアオイが手を伸ばす行動は……やはり置き去りにされた際の助けを求める仕草か、もしくは……救いを求める何者かの手を掴もうとしていたか……)
 
 アオイが赤子でなければ後者もあり得るだろう。
 しかし、まだこの世に生まれて二年ほどの歳月しか経っていないアオイにとって……可能性が高いのはやはり前者しかない。

(そう決めてかかるのは正しくないかもしれないが……)

 こんな小さなアオイの心に陰りが生じるのは、キュリオ自身が耐えられない。
 だが、幼い故に記憶をとどめておくこともままならず、そのうち忘れてしまうこともあるだろうかとしばし自問自答する。
 
「キュリオ? ……どうしたの? この部屋がなにか……」

 考え込んでしまった銀髪の王に、ダルドが訝し気な顔で部屋について問おうとする。

「……ああ、なんでもないんだ。食事は済ませたかい? 湯浴みは――」


(私がアオイから目を離さなければいい)


 これ以上ふたりに不安を煽ってはいけない、と話題を逸らしたキュリオはダルドとアオイを伴って足早にその場を後にした――。

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