【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 しっとりと濡れた髪や肌を柔らかなタオルが滑ると、湯殿を出て蒸気したアオイの顔が嬉しそうに綻んだ。
 いつも己のことよりも、愛娘を優先するキュリオはまだ濡れたままだが、その状態でアオイが飛びついてくるのもまたいつものことだ。

「おっと……」

 素肌の触れ合いほど心地よいものはない。
 衣の上からでは感じることのできないぬくもりや肌の感触がふたりの絆をさらに強める。しがみついて離れないアオイを仕方なく抱き上げて。

「ふふっ、こうしていたのは私も同じだが、このままでは風邪をひいてしまうよ」

 キュリオは器用に片手でバスローブを羽織り、再び濡れてしまったアオイの体を優しく抱きしめて水気を拭うと、素早く寝間着を着せる。
 誰にも邪魔されないふたりきりの時間を堪能したいのは山々だが……とある言葉が銀髪の王の脳裏を過って――。

『君の寝室までは見えているよ。可愛い子と眠っているね? 今日は一緒じゃないのかい?』

「…………」

(……アオイの肌は長い時間露出すべきではないな)

 こうしている間にも彼に覗かれているのかと思うと、なんとも言い難い複雑な感情が胸の奥で渦巻いている。
 いっそ強力な結界を施してやろうかと思ったキュリオだが、創世の時代より存在している相手に太刀打ちできるとは到底思えない。

「考えるだけ無駄か。時間が惜しい、いまはお前との大切なひと時だ」

 視線が絡むと瞬きを繰り返したアオイ。なんでもないその表情さえ愛しくてたまらず、頬を寄せようと顔を近づけるとキュリオの髪から伝った雫が先にアオイの頬を濡らした。

「ああ、すまない……」

 指先でアオイの頬を拭いながら、ふと思い出す。

(アオイを見つけたあの日、何が起きていたか彼は知っているだろうか――?)

 カーテンの隙間から夜空を見上げると、闇に散らばった星々はまるでひとつひとつが鼓動しているかのように煌めいている。
 気の遠くなるような遥かな昔よりそこにある輝きの多くは、死に絶えたものもあるに違いない。しかし、その輝きが後の世のひとの目に届いているということは、その輝きが如何に強く激しかったかを物語っている。

 キュリオは見上げた星々に歴代の悠久の王たちを重ねると、<初代王>がかつてないほどに大きな存在であったことに改めて気づかされる。
 だが、その彼の姿を追うことすら叶わないだろうと思っていた昨日までとは状況が違う。

「……不思議だな。我々が永年追い続けた創世期の<悠久の王>がこんなにもあっさり姿を見せてくれるとは……」

 これ以上幸運などあるだろうか?
 元々彼の思念体と出会うことが目的にあったわけではない。まさかそんなものが存在しているとは……<先代王>セシエルは気づいていたようだが、その話を伝え聞いたわけではないため、キュリオは知らぬばかりかセシエルは黙っていたことになる。

(セシエル様が私に仰らなかったのには理由があるはずだ。……或いは<初代王>の存在を私から遠ざけるために?)

 彼が語っていたセシエルの能力。
 千年王にまで昇りつめるか? と、あの彼が期待していたほどにセシエルの力は強大だったのだ。
 そして<初代王>が如何に尊敬すべき偉大な王であったとしても、キュリオにとって最上の王はやはりセシエルであり、彼が何を考え何を思っていたかを知りたいと強く願う。

(考えていても無駄だとわかっているが、予想外の出来事に私も些か混乱しているようだ)

 窓辺に立ち、カーテンの隙間から夜空を見上げるキュリオが微動だにしないことから、考え事をしているであろうことは誰の目にも明らかだった。
 背後の侍女らは食事の用意を整え、一礼して静かに部屋を出ていく。それが合図かのように気持ちを切り替えようと胸元のアオイへと視線を下げると、夜空を見上げていた彼女の瞳がこちらを捉える。

「ふふっ、私の小さなプリンセス。よろしければ食事にお付き合いくださいませんか?」

 アオイが拒絶しないことをわかっているキュリオはソファへと腰を下ろすと、侍女らが機転を利かせて用意した小さくカットされたフルーツを先にアオイの口へと運んで微笑みかけた――。
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