【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「…………」
キュリオは時折視線の絡む幼子を見つめながら夜明けを待った。
彼が眠ったのはほんのわずかの時間でアオイもまた同じだったため、正直彼女を連れていくか迷っていた。
(……離れている間にアオイにもしものことがあったらそれこそ……)
柔らかな綿の感触が大好きなアオイは、キュリオの顔の傍で体を横たえながら楽しそうに寝具と戯れること数時間。
まったく睡眠時間が足りていないのは明らかだったが、眠っていないこと以外は普段と変わらぬ彼女の様子にひとまず安堵する。手を伸ばして頬を撫でると、極上の笑みを向けてくれるアオイを溺愛せずにはいられない。
「お前を心の底から愛しく想う」
(アオイのためなら私は鬼にでもなろう……)
大概の親は子のためなら命をかけるかもしれない。
しかし、このキュリオの言葉の裏には多くの犠牲さえ厭わないことが本音として隠されている。その対象が悠久の民であるとは思えないが、後に起きる運命の日にアオイへの愛が故に何を選択するか――? 今となってはその想像さえもはや難しくはない。
「へへっ」
キュリオの声に目を細めて笑うアオイ。
この時が永遠であればと願うのはアオイとて同じだった。
(アオイもおとうさまが好きです。きっとだれより……)
首元に顔を埋めてくる甘い感触に幸せを感じながらキュリオはアオイを強く抱きしめた。
「今日はきっと良い一日になる」
自分に言い聞かせるように囁いたキュリオは、アオイを抱いて湯殿へと向かった――。
そして数時間後。
夜明けの日の光を背にしたキュリオとアオイは大空を羽ばたいて<初代王>のもとへと向かった。
”良い朝だね。そして……ようこそ悠久のプリンセス”
キュリオに抱かれてこちらを見つめる幼い瞳。千里眼で見る彼女より何倍も愛らしく、その手に抱くキュリオが羨ましくなるほどに美しい……珠のような娘だった。
<初代王>の彼が記憶している中でも悠久にプリンセスが存在していたことはない。歴代のどの王にも后(きさき)はおらず、娘もいない。この世界の王は血筋によって選ばれるわけではないため、世継ぎ問題は発生しないのだ。
そして、養子を迎えた王もいなかったため、この王が異例尽くしであることに間違いはない。
相変わらずこちらからその御尊顔を拝見することは叶わないが、アオイはその異質な彼に驚くこともなく大人しくキュリオに抱かれている。
「貴方がおっしゃっていた可愛い子の名はアオイです。私の愛のすべてと言っても過言ではありません。アオイ、ご挨拶できるね?」
キュリオの言葉に頷いたアオイを地面へと下ろすと、ワンピースの裾を握って頭をさげたアオイの柔らかそうな水蜜桃色の髪がサラサラと風に揺れる。
「んちは」
”こんにちはアオイさん。いつ見ても君はお行儀の良い可愛い子だね”
片膝を折ってアオイと視線を合わせた彼が微笑んでいるであろうことはその柔和な雰囲気から伝わってくる。
「……」
だが、あまりにも”可愛い”を連呼され、彼にアオイを取られはしないかと不安に駆られたキュリオは挨拶を済ませた彼女を早々に抱き上げた。
キュリオが彼女を地に下ろして抱き上げるまでわずか数秒の出来事である。
”……過保護にも程があるのではないか?”
あまりに早い戯れの幕引きに、<初代王>の声には呆れのようなものが滲み出ている。
「過保護のどこが悪と?」
”ふふっ”
キュリオの真剣な眼差しに、立ち上がった彼は楽しそうに笑っている。
”こんなにもひとりの人間に入れ込んだ王を見るのは初めてだ”
「……正直自分でも驚いておりますが、これはアオイに出会わなければ知り得なかった感情なのです」
キュリオはアオイを抱きしめながら自分を見つめるように静かに言葉を紡いだ。
”そうだね。出会ってしまったものは仕方がない。それが君たちの運命なのだろう……”
「……?」
語尾を下げた<初代王>の声色に違和感を抱いたキュリオだが、徐々に高くなる朝日に眼下では集まりつつある従者たちが視界に入った。
”さあ、皆が君たちを待っている。もう行くといい”
<初代王>の声に見送られ、羽ばたいたキュリオは拭えぬ違和感を抱いたまま降下していく。
「…………」
キュリオの肩越しに神秘的な光に覆われた青年を見上げているアオイ。どんどん離れて互いの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている青年の姿が見える。
(どこかで……おあいしたことがあるような……)
いつの記憶かはわからない。
眠っている間に出会ったのか、キュリオの寝室なのか、それとも……自分ではない誰かの遠い記憶なのか――。
キュリオは時折視線の絡む幼子を見つめながら夜明けを待った。
彼が眠ったのはほんのわずかの時間でアオイもまた同じだったため、正直彼女を連れていくか迷っていた。
(……離れている間にアオイにもしものことがあったらそれこそ……)
柔らかな綿の感触が大好きなアオイは、キュリオの顔の傍で体を横たえながら楽しそうに寝具と戯れること数時間。
まったく睡眠時間が足りていないのは明らかだったが、眠っていないこと以外は普段と変わらぬ彼女の様子にひとまず安堵する。手を伸ばして頬を撫でると、極上の笑みを向けてくれるアオイを溺愛せずにはいられない。
「お前を心の底から愛しく想う」
(アオイのためなら私は鬼にでもなろう……)
大概の親は子のためなら命をかけるかもしれない。
しかし、このキュリオの言葉の裏には多くの犠牲さえ厭わないことが本音として隠されている。その対象が悠久の民であるとは思えないが、後に起きる運命の日にアオイへの愛が故に何を選択するか――? 今となってはその想像さえもはや難しくはない。
「へへっ」
キュリオの声に目を細めて笑うアオイ。
この時が永遠であればと願うのはアオイとて同じだった。
(アオイもおとうさまが好きです。きっとだれより……)
首元に顔を埋めてくる甘い感触に幸せを感じながらキュリオはアオイを強く抱きしめた。
「今日はきっと良い一日になる」
自分に言い聞かせるように囁いたキュリオは、アオイを抱いて湯殿へと向かった――。
そして数時間後。
夜明けの日の光を背にしたキュリオとアオイは大空を羽ばたいて<初代王>のもとへと向かった。
”良い朝だね。そして……ようこそ悠久のプリンセス”
キュリオに抱かれてこちらを見つめる幼い瞳。千里眼で見る彼女より何倍も愛らしく、その手に抱くキュリオが羨ましくなるほどに美しい……珠のような娘だった。
<初代王>の彼が記憶している中でも悠久にプリンセスが存在していたことはない。歴代のどの王にも后(きさき)はおらず、娘もいない。この世界の王は血筋によって選ばれるわけではないため、世継ぎ問題は発生しないのだ。
そして、養子を迎えた王もいなかったため、この王が異例尽くしであることに間違いはない。
相変わらずこちらからその御尊顔を拝見することは叶わないが、アオイはその異質な彼に驚くこともなく大人しくキュリオに抱かれている。
「貴方がおっしゃっていた可愛い子の名はアオイです。私の愛のすべてと言っても過言ではありません。アオイ、ご挨拶できるね?」
キュリオの言葉に頷いたアオイを地面へと下ろすと、ワンピースの裾を握って頭をさげたアオイの柔らかそうな水蜜桃色の髪がサラサラと風に揺れる。
「んちは」
”こんにちはアオイさん。いつ見ても君はお行儀の良い可愛い子だね”
片膝を折ってアオイと視線を合わせた彼が微笑んでいるであろうことはその柔和な雰囲気から伝わってくる。
「……」
だが、あまりにも”可愛い”を連呼され、彼にアオイを取られはしないかと不安に駆られたキュリオは挨拶を済ませた彼女を早々に抱き上げた。
キュリオが彼女を地に下ろして抱き上げるまでわずか数秒の出来事である。
”……過保護にも程があるのではないか?”
あまりに早い戯れの幕引きに、<初代王>の声には呆れのようなものが滲み出ている。
「過保護のどこが悪と?」
”ふふっ”
キュリオの真剣な眼差しに、立ち上がった彼は楽しそうに笑っている。
”こんなにもひとりの人間に入れ込んだ王を見るのは初めてだ”
「……正直自分でも驚いておりますが、これはアオイに出会わなければ知り得なかった感情なのです」
キュリオはアオイを抱きしめながら自分を見つめるように静かに言葉を紡いだ。
”そうだね。出会ってしまったものは仕方がない。それが君たちの運命なのだろう……”
「……?」
語尾を下げた<初代王>の声色に違和感を抱いたキュリオだが、徐々に高くなる朝日に眼下では集まりつつある従者たちが視界に入った。
”さあ、皆が君たちを待っている。もう行くといい”
<初代王>の声に見送られ、羽ばたいたキュリオは拭えぬ違和感を抱いたまま降下していく。
「…………」
キュリオの肩越しに神秘的な光に覆われた青年を見上げているアオイ。どんどん離れて互いの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている青年の姿が見える。
(どこかで……おあいしたことがあるような……)
いつの記憶かはわからない。
眠っている間に出会ったのか、キュリオの寝室なのか、それとも……自分ではない誰かの遠い記憶なのか――。