†皇帝-emperor-†《Ⅰ》
知らせを聞いた俺は、屋敷の中を駆け回りこの屋敷の主である祖父を訪ねた。
同じ家に居るのにまるでそうは思えない程、俺の居た別邸と祖父の居る本邸とでは距離があり離れていた。
別館から本館までは車で移動してきたのが証拠だ。駆けまわったのは本館に着いてからにもかかわらずここは無駄に広すぎるせいか目的の部屋にたどり着くころには疲れを感じた。
ノックを一瞬ためらう位にはこの時、自分が緊張していたのを覚えている。
コツコツと何だか頼りのない音が響いた。
「……入れ」
『……はい』
両脇に金色の龍を従え、そびえ立つ背の高い扉をくぐり、俺は祖父とこの時初めて対面した。
「おぉ、そなたか。どうした?」
『……。』
蒼い眼をした祖父の声色は彼の慈愛が滲み出るほど優しい口調だったが、彼の眼からは何もかも見透かすような鋭いものを感じた。
正直、この時の俺は祖父のその蒼い眼を怖いとすら思った。
「どうかしたのか?…あぁ、湯往から聞いたのか」
どうやら察しが良い人のようだった。
俺はその問いにコクリと頷いた。
「……聞いた通りじゃ。そなたの母親は今、入院しておる」
違う。俺が聞きたいのは、そんな事じゃない。
俺がそんな事を思いながら、祖父を見据えていると、
「……何じゃ、何か言いたそうじゃな?」
と面白がるような言い方だった。
「良い眼をしておる。……魅碌(みろく)譲りじゃの」
父と俺はそんなに似ているんだろうか??
そして、ふいに祖父は悲しそうでありながら苦しそうな声を上げ。
「……すまんかったの。わしは後悔しておる」
それは突然だった。遠い目をした祖父が、
「おぬしの両親等を認めてやれなかった。辛かったの?おぬしには苦労させた。もちろん、おぬしの母にも」
そこで、俺に向き直った祖父は
「……大丈夫じゃ。心配はいらん。そなたの母は少し疲れただけじゃ。だから、今は休ませておやり」
それが、祖父が俺の為についた優しい嘘だと知るのはこれから数年経った日のことだった。
そして、この時は何も言えないまま部屋へ戻された。
なんせ、母の話を理解できるようになるにはもう少し歳を重ねる必要があるからだった。