不機嫌なキスしか知らない
……大丈夫かな、悲しんでないかな。
彼の気持ちを想像すると心配で、慌ててその姿を探す。
『あの人、麗奈先輩の彼氏らしいよ』
『え、社会人って噂の?うわすごいイケメン』
そんな会話を聞いてしまったのは、ついさっきのこと。
噂話をしていた女の子たちの視線の先を追うと、大人っぽくて格好いい男の人が、麗奈先輩と並んで喋っていた。
シンプルな黒でまとめた私服も、高い身長も、全てが大人っぽくて。
高校生の中ではかなり大人びている麗奈先輩ですら、彼と並ぶと少し子供っぽく見えた。
あれが麗奈先輩の彼氏……きっと本命の。
紘と初めてキスした日、麗奈先輩が途中で電話に出ていた人だろう。
あの日見てしまった、紘の涙を思い出す。
綺麗な頬を滑る、透明なしずく。
……もし、また泣いていたら。
そう思ったらなんだかじっとしていられなくて、体育祭が始まってにぎわっている皆の間をすり抜け、紘の姿を探す。