不機嫌なキスしか知らない
「藍沢くんの綺麗なその想いを、その価値をわからない人にあげるなんてばかみたい。わからない先輩も、ばかみたい」
私がそう言ったら、藍沢くんは逸らしていた顔をゆっくり私に向けた。
意外そうな顔をして、眉を潜めて、私を見つめる。
「──なあ、それ内田さんもだろ」
少しだけ開いた窓から風が吹いて、藍沢くんの黒い髪が揺れる。その拍子に、左耳のシルバーリングのピアスがきらりと光った。
「え、」
「あの幼なじみに片想いしてんだろ」
藍沢くんが窓からちらりと下を覗く。
そこにいたのは、圭太と菫ちゃん。
さっき帰ろうとしていたふたりは、もう少し喋って帰ることにしたのか、中庭のベンチに座って楽しそうに笑っている。
その姿を見ただけでぎゅう、と胸が痛くなる。