不機嫌なキスしか知らない
「っ……嫌、」
ふい、と背けた顔。
触れなかった唇。
紘は少し驚いたように私を見てから、顔を離した。
「……あ、紘、ここは小さい魚の水槽だって」
パッと目に入ったキャプションを指差して誤魔化したら、紘も一瞬黙ったあとに笑ってくれた。
……初めて、嫌だと思ってしまった。
付き合ってもない紘と、キスをすること。
麗奈先輩のことが好きな紘と、キスをすること。
もういつも通りに戻って、さっきのことなんてなにも気にしてないみたいに。
水槽を見上げる紘の横顔に、光が反射して綺麗だ。
……麗奈先輩の紘なんて、いらない。
私だけの紘に、なればいいのに。
私の水族館の思い出全部塗り替えて、今日一回も圭太のこと考えずに過ごせた。
紘のことだけ考えて、紘にだけドキドキした。
──それでもきみは、私のものじゃない。