不機嫌なキスしか知らない



「……あ、このバンド」



電車の椅子に座って、紘が私の前に立つ。

ちょうど視界に入った電車の吊り広告を見て、思わずつぶやいた。


それは最近人気のバンドの、ツアーライブの宣伝のポスター。



「何、好きなの?」



吊り革を掴んで立っていた紘に聞かれて、ちょっと好き、と答える。



「圭太の好きなバンド、なの」



あんまり圭太の話ばっかりしない方がいいのかな。

私が落ち込まないために、デートに誘ってくれたのかもしれないのに。


そう思った時にはもうその言葉は紘の耳に入ってしまっていたけれど。




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