不機嫌なキスしか知らない
驚いて声のした方向を振り返ると、ふわりと香水のいい匂いがした。
「藍沢くん、」
緩いパーマの黒髪からのぞく左耳に、シルバーリングのピアスが光る。
顔が近くて、ドキドキしてしまって、思わず目を逸らす。
「おはよ」
「お、おはよう……」
挨拶するためだけにこんなに近付いたの!?
女遊びするような男の子の考えることはわからない。この距離感が普通なの?
『──昨日のことは秘密な』
と、周りに聞こえないように耳元で囁かれた言葉。
微かにかかった吐息に、ぴく、と小さく肩が揺れる。
ドクン、と跳ねる心臓。
び、びっくりした……。
こんなことサラッとできるなんて、昨日泣いてたのは本当に藍沢くん?
藍沢くん、本当にクズ男なんじゃ……。