不機嫌なキスしか知らない



戸惑っている私に、白々しく「どうしたの?」なんて聞いてくる。

その形の綺麗な唇に、昨日のキスを思い出してしまって。



「っ、」



急に恥ずかしくなって、目を逸らした。



「なに、何か変なこと考えた?」



赤くなった私に、にやりと笑う藍沢くん。

この人絶対、全部わかってる。
全部わかって、私のこと面白がってる。


むかつく、と思いながらもまんまとその罠にはまってしまう自分が憎い。




「別に、なにも考えてないけど!」


ふん、と藍沢くんから顔を背けて、椅子に座る。


「ていうか、藍沢くん、」



なんで席替わったの、って聞こうとした瞬間。



「──紘、」



藍沢くんの声が、それを遮った。



「え?」

「紘って呼べよ」



え、と声を漏らしたけれど、藍沢くんは何も言わずに私の目を見る。

その引き込まれるような目で見つめるの、やめてよ。



< 31 / 275 >

この作品をシェア

pagetop