不機嫌なキスしか知らない








「あ、教科書忘れた。見せて」




ホームルームの次は数学。

教科書とノートを出して準備していると、突然、ガタンとくっついた私の机と紘の机。

私の返事なんて聞くまでもなく、ぴったり並んでいるふたつの机。


驚いて隣を見ると、気怠げな紘。




「いい、けど」



断るわけにもいかなくて、机と机の間に教科書を広げる。なにこれ、近い。


肩が触れてしまいそうなくらい近い距離に、右隣に意識が集中する。



「始めるぞー」



チャイムと同時に入ってきた先生が授業を始めるけれど、私は全然集中できない。

紘は眠そうに椅子に深く座って、シャーペンも持たずにぼーっとしている。


私は先生の板書を慌ててノートに移すけれど、少しも頭になんか入っていない。


それよりも、紘の吐息が聞こえることとか。紘の香水の匂いがすることとか。


そういうことに意識がいってしまって、そんな煩悩を取り払うようにノートを取っているだけだ。




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