不機嫌なキスしか知らない




突然教室に入ってきておいて、開口第一声がそれなの?と呆れてしまう。


ばかなのは否定できないけれど。



紘がテスト用紙を見て俯くから、ゆるくパーマのかかった黒髪が表情を隠す。

その拍子に左耳のピアスがちらりとのぞいた。


……この瞬間は、好きかもしれない。



なんだかいつもは見れない紘を見ているようで、不思議な感覚になる。



私が泣いてたところ、見えたはずなのに。

それなのに全然そこに触れないのは、紘の優しさなんだろうか。


わからない、全然。


紘が本当に噂通りの男なのか、本当はいい人なのか。私は何も知らない。

きみの少し不機嫌なキスしか、知らないから。



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