不機嫌なキスしか知らない
「……やっぱやめよーぜ」
「は?」
パッ、と麗奈先輩から手を離す紘。
麗奈先輩は不機嫌そうに紘を睨む。
「そういう気分じゃない」
「ここまで来て今更なに?」
「別に。俺帰るわ」
机の上に置いてあったバッグを乱雑につかんで、紘がドアの方に向かってくる。
私は慌てて隠れようとするけれど、間に合わなかった。
ガラリ、と開いたドア。
麗奈先輩からは幸い見えていないみたいだけど、紘とはばっちり目が合ってしまった。
なにも言わずに、表情すら変えずに。
紘は私の手首をつかんで、ぐいと引っ張る。
そのままずんずん歩く紘に、ついていくのに必死だ。
「ねえ、紘」
怒ったまま資料室から出て行く麗奈先輩に見つからないように、小声で紘を呼んだけれど、聞いてくれない。
そのまま階段の影に連れて来られて、トン、と壁に追い詰められてしまった。
目の前には綺麗な紘の顔。
私を見下ろしているせいで、髪が落ちて目元にかかって、表情が読めない。