世界はきみに恋をしている。
「え、…」
男の人は汗だくで、呼吸を整えるように息を吐いていた。それでも、視線を私から外さなかったから、私も彼から視線を外すことができなかった。
「あ、あの……」
「わりい、ちょっとかくまって!」
私の声に重なるようにそう言ったやいなや、彼は私の口を自分の右手で塞いで、そのまましゃがみこんだ。開いた左手で、器用に扉を閉めて。
私はびっくりして、なにも言葉が出ない。覆いかぶさるようにしてしゃがみこんだ彼の呼吸が、耳のすぐそばで聞こえる。
口に当たった彼の手が、ゴツゴツとした男の人の手で、少しこわかった。
だけど、何故だかとても、優しい触り方だって、そう思った。
何分経ったかわからないけど、どくどくとなっている自分の鼓動がうるさいことだけは、わかる。何かから逃げているのか、彼は汗だくで、まだ整っていない呼吸を押し殺している。
茶髪の髪。カッターシャツの下に着た派手な色のTシャツ。だぼだぼのズボン。彼が真面目でないことは一目見てわかった。
だけど、大きな目に、色白な肌。かっこいいって、こういう人のことを言うんだろうな、って、思わず見とれてしまうほど。
明るい髪の色や、着ている派手なTシャツに、私はなぜか、どこかで見たことのあるような感覚に陥っていた。
____彼は、"何か" に似ている。
それは、私が記憶の一番奥底にしまっているものだ。
「あ、あの……」
「おい、ノガミ!!!」
私が口を開いたと同時に、扉の向こうから、タケちゃんの大きな声がした。