わすれられない初恋の話
「黒田くん!」
会社を出ようとすると、誰かに呼び止められて足を止めた。
高い声に振り返ると、同期の1人、吉田美優(よしだ みゆ)がこちらに手を振りながら近付いてくるところだった。
「吉田か。お疲れ」
「お疲れ〜!……え?あの、帰っちゃうの?」
忘年会行かないの?という意味だろう。
戸惑うような表情の吉田を見て、ハッキリと断っておかなかったことを後悔した。
「ごめん、俺ちょっと用事あるんだ」
「あ、そうなんだ……」
「また年明けたら新年会でもしような。それには絶対参加するから」
そう言って笑いかけてみたものの、吉田は残念そうな顔で俯いてしまった。
吉田には失礼だけど、今は早く会社を出て約束の場所へ向かいたい、というのが本音だった。
来るかもわからない相手の為に、こんなに必死になって馬鹿みたいだ。
「……今日は忘年会だけど、クリスマスだから。黒田くんにも来てほしかったなあ」
「……え?」
ポツリと、だけど俺にも充分聞き取れるボリュームで吉田はそう言った。
上目遣いで様子を伺ってくる。
それがどういう意味なのか、相当鈍感な男じゃなければわかるだろう。でも俺は気付かないフリをして、「ごめん」ともう一度謝った。
そうして、まだ何か言いたげな吉田をエントランスに残して、クリスマスの煌びやかな街中へと足を踏み出した。