足踏みラバーズ
一度疑心暗鬼になると、警戒心を拭えない。
聞けば早いのだとわかってはいるけれど、それがきっかけで別れでも切り出されたらと思うと、足がすくんで、できなかった。
去る者追わず、という恋愛観を貫いてきたせいで、こんなときにどうすればいいのかがわからなかった。
甘い罠は、人の弱みにつけ込んでくる。
酒に酔った、一人じゃ帰れないとふらつく女を、放っておくわけにもいかない。そんなのは、あざとすぎるくらいの常套手段なのに。
美由紀に金使うのもな、とホテルに行くのも渋っていると、私の家近いから、と猫撫で声で誘われた。
潤んだ目で、おれの腕に、纏わりついて。
そうなったら、本当は酔ってないとかそんなことはどうでもいい。とにかく今は、不安でひびだらけのおれの心を埋めるだけだ。
あんあんとAV女優みたいに喘ぐ声は甲高い。久しく耳にしていなかったキンキン声に、違和感を覚えて仕方がない。
揺れるピアスに、電話をとるとき邪魔だと言って避ける彼女を思い出す。
「……くそっ、なんで、こんなときまで……」
彼女に感じた不安を埋めるはずなのに、ちっとも頭から離れない。それでも美由紀は、もっともっとと求めてくる。
頭に浮かんだ答えの出ない疑問を打ち消すように、がむしゃらに目の前の体に貪りついた。
あっ、と悲鳴みたいな声をあげて、おれの伸びた襟足を痛いくらいに引っ張る。
それは美由紀が絶頂を迎えるときの癖。
昔と変わってないな、と天井を見上げると、ぽっかり空いた隙間が埋まっていたことに気づいた。
もっともっとと求められ、好きだとおれを抱きしめる。
以前はそれを鬱陶しく感じていいたはずなのに。満たされない欲の隙間に、いとも簡単に寄り添ってくる。
滑稽だな、と美由紀が寝たのを確認して、家を出た。
不安で揺れ動いていた、クリスマスもほど近い頃。
百合子ちゃんがおれに内緒で瑞樹の家に言ったと知ったのはこの頃だった。
蒼佑、とおれを呼び止めるその声は、友人と言ったら一番に思い浮かべる人物で、今の、不安材料にもなっている、その人だ。
「この前、悪かったな。百合子、家帰るの遅かったろ」
何が? と疑問符を浮かべるおれを見て、しまった、と目を見開いた。
問い詰めるように距離を詰めると、わかったわかったと両手を挙げてひらひらとさせていた。