足踏みラバーズ
仕事どんな感じになりそう? と尋ねてくる。
早く切り上げられるように頑張る、と伝えると、そっか、と微笑んだ。
「美由紀さん」という人が、どんな人かはわからなかったけど、蒼佑くんには聞かなかった。どう考えても、浮気かな、と思えるくらいの動揺だった。
どれだけの関係になっているかは、彼の青ざめた顔を見たら、否が応でもわかってしまった。ごめん、と頭を下げて、あのっ、と何か言いたげだったけれど、それを制した。
「……それ以上は言わなくていいよ。聞いちゃたら、ちょっと、その……」
核心をつく言葉は避けたけど、すぐに口をつぐむ彼を見て理解しているのだと確信した。
つき合った彼氏に2分の2の確率で浮気されるなんて、なかなかの確立だと思う。けれど別れを切り出せるほどの決断もできない。今、一人になるのは、怖い。
そうやって濁しに濁して接した結果、まあ普通、と言えるくらいには戻れたと思う。時折、襟足を掻き毟る蒼佑くんが引っ掛かったけど、気にしない気にしないと暗示をかけた。
「それじゃあ、会社の近くまで迎えに行くね。ツリー見に行こ」
綺麗なんだって、とさりげなく言っていたけど、本棚に無理やり押し込まれた雑誌があるのを知っている。
折り目がいくつもついていて、読み込んだ跡がある、皺くちゃの本。少しぎこちなさの残る瞬間を、どちらからともなく歩み寄ろうとする姿勢が、自分と同じことを考えてくれている気がしていた。
終わりにするんじゃなくて、これからも一緒にやっていく。
企業努力としては満点に近いかも、なんて考えて、楽しみだね、と答えた。
仕事終わった。これからそっち向かうよ
蒼佑くんからのLINEを見て、佐伯さんいいことありました? と中島くんにからかわれた。
笑っているように見えたんだ、人に言われて初めてそれを認識した。
嬉しいのには違いない。表情だって笑っている。
なのに、気持ちと思考回路がついっていっていない。ちぐはぐな自分に不気味さを感じて、天井を仰いだ。
「お疲れさま。終わるの早かったね」
会社近くのコンビニで待っていてくれた蒼佑くんのもとへ駆け寄る。あんまりこっち来ないけど、意外とマンションもあるんだね、と物珍しそうに見ていた。
「だよね。一本、道曲がったら極端にオフィス感なくなるよね」
目的地までは少しだけ距離がある。
電車で移動して、せっかくだからちょっと歩こうよ、と一駅前で降りた。
クリスマス一色の街並みが感じられて、歩くのも悪くない。
自然に手を繋いでいることに少し感動してしまう。冬なのに、手、あったかいねと笑う蒼佑くんに、繋いでるほうだけね、と軽口をたたく。
「やっぱり混んでるね」
「おれらみたいに仕事帰りに見に来る人多いんだろうね」
ツリーを見るにはもう少し歩かないといけない。それは決して苦ではなくて、遊園地のアトラクション待ちの時間を過ごしているみたいだった。