足踏みラバーズ



 真っ赤にした目をティッシュで拭って、必死に頭を下げていた。



 悪いやつではないと思う。

恋に溺れて依存して、相手のことを考えられなくなったところなんて、まるで写し鏡みたいだ。かといって、曖昧な態度はとるべきではなかった。

相手を傷つけ自分も傷つき、物事の本質を見失う。



百合子のためだと言い聞かせてここまできてしまったが、何一つ正しい選択肢を選べなかった。一つも成長してないな、と自分自身を顧みる。




帰り際、月を見上げて深く深く呼吸した。冬の乾いた空気が肺を満たして、浄化されていくようだ。



「ばちがあたったか……」



 今まで彼女という立場に甘えて、どれだけ百合子を踏みにじってしまったのだろう。恋愛感情の一つも知らないのは百も承知で告白をしたはずだ。

好意というのはもらうものではなくて、誠意を見せることだったのかもしれない。


それに恵美にだって、期待されるような態度をとってしまった。

のめり込むタイプなら尚のこと、初めに断るべきだった。


それらがわかっただけでも、数か月の疲労を重ねたぶんだけの収穫はあったのかも、と澄み切った夜風が鼻をツンと掠めた。










「……下咲、お前何かあったのか」



 カタカタとパソコンを見て一心不乱に書類整理をしていると、同僚から突拍子もない言葉を発せられた。



「はあ? 何言ってるんですか」

「……電話。警察から」



 受話器を震わせて、あわあわと焦りを見せる同僚と、警察という言葉に、周りの人間が過敏に反応を示す。

奇怪な視線が俺を襲う。何したって言うんだよ。警察に世話になった覚えは微塵もない。



「お電話代わりました。私が下咲ですが」



 ほんの少し不安を抱えたまま、電話に出る。その電話の主は、紛れもなく警察からのもので、肝が冷えてしまう。



「お仕事中に申し訳ありません。倉橋恵美さんという方につきまして、少しお伺いしたいことがございまして」

「はあ……」

「時間はそんなに取らせませんので、お手数ですが、署までお越し願えませんでしょうか」



 上司にわけを説明して、警察署に足を運ぶ。

会社を出るときには既に噂になっていて、じろじろと好奇の目に晒されて、肩身が狭くて仕方がなかった。




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