足踏みラバーズ



 泣きじゃくって、

「彼女がいるのはわかっていたけど、実際に見たら目の前が真っ暗になった」とか、

「私が蒼佑の彼女になりたい」とか、

高校生のあの頃よりも、おれのことを好いているのだと確信したが、それと同時にやっぱりおれが好きなのは百合子ちゃんなんだと気づかされてしまった。




笑ってばかみたいな冗談を言い合ったり、何をするでもなくソファーで隣に座ったり、時折流れる沈黙さえも心地いい。

しかし、気づいたところでもう遅い。



聖なる夜に、夢どころか絶望を、いや、屈辱を与えてしまったかもしれない。けれど、美由紀を突き放すこともできない。

おれがいいと、嗚咽するほどに求める女性に優しくしたいと思ってしまうのは、言語道断だろうけど、いい機会なのかもしれない。

このまま美由紀とつき合えば、今おれの感情を占める百合子ちゃんも、上書き、できるかもしれないなんて考えていた。




 美由紀の家でご飯を食べたりしたけれど、まだ決断には至っていなくて、夜は実家に帰った。

ほんの数日だけど、弟に「あれ、帰ってきたの」と冷たい言葉でいじられて、「いやおれんちもともとここだし」と返すのが精いっぱいだった。








 あるはずのない連絡を確認するために、休憩のたびに携帯をチェックしてしまう。

百合子ちゃんからの連絡は当然、なかったけれど、その代わりに彼女の後輩の中島くんからLINEが入っていた。



「お伝えしたいことがあるんですけど、電話してもいいですか? 良ければ仕事が終わった時にでも連絡ください」



 ずいぶんかしこまった言い方だな、と思った。若者言葉が似あう中島くんのこんな連絡には、違和感しか感じない。

仕事が終わったら連絡する、と短文の返信をして、ポケットに突っ込んだ。





 今年最後の仕事ということも相まって、帰る頃には日付が変わってしまっていた。

そんな中、仕事を終えたことを伝えても、編集者というのは年末とかそんなのも関係なく働いているらしい。

これから作家さんに電話しないといけなくて、一時間くらい待っていてくれませんかと返信が来た。



「働きすぎだな、出版社っていうのは……」



 携帯をベッドに投げ捨てて、シャワーを浴びにお風呂場に向かう。ぽかぽかと温まった後は、冷蔵庫のビールを手にして自室へ戻った。



 プルルルルル プルルルルル




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