足踏みラバーズ



 タイミングよく、携帯が着信を告げる。中島くんだというがすぐにわかって、画面を確認もせずに応答した。



「もしもし?」

「あっ、お疲れさまです。遅くにすみません、今いいですか?」



 待っとけって言ったのはそっちだろ、と笑いながらプルタブを開けた。



「すみません、あの、…………」



 電話をしてきたのは、そっとのほうなのに沈黙が続く。

どうしたよ、と窺いをたてると、佐伯さんのことなんですけど……と受話器からやっと聞こえるくらいの声で話し始めた。




「……百合子ちゃんが、どうしたの」

「や、すみません。あの、ざっくりは知ってるんです。その、お二人が別れたこととか……」



 ああ、やはり別れたと捉えられてしまったのか。


「別れよう」なんて言葉は口にしたこともなかったけど、別の女を追いかけたのだから、そう思っても無理はない。

逃避していた現実が、思いもよらぬところから突き付けられて、一瞬にして、さっぱりしたはずの身体が重くなった。





「あの、佐伯さんから何か連絡ありましたか?」

「え? ……いや、ないけど」

「……そうですか」



 もったいぶらずに早く言えよ、とビールを流し込んだ。



「えっと、先輩から余計なことはするなって言われてるんですけど」

「先輩? 百合子ちゃん?」

「や、佐伯さんじゃない、もう一人の女の先輩がいるんですけど」



 相田さんって言ってたっけな、と彼女の話をしていた百合子ちゃんを思い出す。

で? と切り返すと、オレから聞いたって言わないでください、と前置きされた。





「あの……佐伯さん、この前、ちょっと怪我をして」

「怪我!?」

「……はい。あの、一応軽傷ってことなんですけど、オレ病院に付き添って傷見ちゃったから、なんか隠しておけなくて」

「病院!? 何? どこ怪我したの!?」



 深夜だということに気づいて、大声をあげた自分の口元を覆った。



「で、百合子ちゃんは大丈夫なの?」



 気を落ち着けて言葉を続ける。








「大丈夫っちゃ大丈夫ですけど、今日、仕事来てましたし。ただ……」

「ただ?」

「あの、頬を二針縫ったんですよ。結構、血が出てて。それで、なんか蒼佑さんに言うべきなんじゃないかと思って……」




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