足踏みラバーズ
その後も話は続いていたけど、気もそぞろで理解するまで時間がかかった。
頭がスパークして、手に持っていた缶ビールを床にこぼしていまった。
だくだくと炭酸の効いた液体が水たまりをつくる。
すぐにティッシュで拭ったけど、それだけでは吸いきれなくて、ベッドの上にあった洗濯済みのタオルをおいた。
じわじわと染みのできるタオルを見ながら、「教えてくれてありがとう」となるべく冷静に述べた。
電話を切ったあとの画面を見ると、深夜の2時に差し掛かりそうだった。
電話に、出てくれるだろうか。そもそもまだ起きてはいるのか。
考えたところで時間だけが空しく過ぎていて、百合子ちゃんの番号をタップした。
翌日出社すると、既にみんなが揃っていて、遅刻をしてしまったかと時計に目を向けた。
昨日の報告を兼ねた会議が、いつもより早い時間から始まった。私も自分で把握している状況なんて他のみんなと変わらないけど、なんとか頭の中で整理して説明をした。
「しかし、二針も縫うなんて災難だったな」
「本当ですよぉ! ほんとだったら、もう昨日から佐伯さんはお休みするべきだったんですよぉ!」
次々と言葉が飛び出して、しばらく会話が途切れることはなかった。
大人になって人から平手打ちなんて、衝撃的だった。
恨み嫉みが重なって、射るような目、そのあとの動揺した青ざめた顔。
人の感情が顕わになると、受け止めきれなくて、当事者以外にいいように噂されて。
お咎めなしというのは、恵美の憎悪の一端を担った私が言うのもおかしいかもしれない。
けれど、今後はこんなことがないようにと、恵美の会社の人に頭を下げられて、自分の勤める社内では、色事も何もきかなかった大人に深みが出るとかなんとかと言われ、自分だけが元の鞘に収まったみたいで後ろめたい。
自分が謝るべきなのではないかと、相田さんやら中島くんやらに相談してみたけど、接触するべきではないという結論に至ってやりきれなかった。
初めて顔に針と糸を通されて、治療なのだから文句は言えないけれど、身体が強張って寝付けなかった。
夜中になって麻酔が切れて、じんじん頬に痛みが走った。
熱い痛みと連なって、押し殺していた恐怖心がひょこっと顔を出して、その夜は不安で押しつぶされそうだった。