足踏みラバーズ



 わざわざ駆けつけてくれた瑞樹。

何か言いたげな目元の涙袋がすこしだけふっくらして、泣くのを堪えたと、口で言わずとも主張していた。

本当は誰かにそばにいてほしかったけれど、瑞樹の手は、取れなかった。






 その日は中島くんが忙しなく仕事に追われていた。

一人でいるには心細い。何か手伝おうかと声を掛けたけれど、そんなのいいから早く帰ってくださいと突っぱねられてしまって、それもそうだと大人しく従うしかなかった。




 数日は珍しくタク送を認められて、それだけで十分だった。

なのに、あれほど仕事に勤しんでいた中島くんが手を止めて、エントランスまで見送りに来てくれるものだから、ひたすら腰を低くするしかなかった。

なかなか来ないエレベーターを待っている最中に、中島くんがぽつりと呟いていた。



「……オレが責任とりましょうか」



 いやなんでだよ、と後輩の脈絡のない言葉が可笑しくて、声をあげて笑いたかったけど、頬が突っ張って痛みが走る。

ぴりっとした痛みは、皮膚の薄い顔には十分だ。

いてて、と苦笑いすると、「元カレさんはどうしたんですか」と尋ねてきた。




「どうしたも何も、あの後すぐに帰ったよ」

「よりを戻したりは、しないんですか」



 この子はすごいことを言ってくるな、と抉るような鋭い質問は、もやもやしていた頭の中の霧が晴れていくみたいだった。



「しないよ」



 自分で思っていたよりも、落ち着いた物言いだった。はっきりと、断言したところで、なんでですかとすぐにむっとした声が返ってきた。



「なんでって言われても……」


と、言葉を濁すと、見送りに来てくれたはずなのに、納得する理由を聞かせてくださいよ、と口を尖らせていた。早く帰れって言ってなかったけ、と肩を叩くと、隠しもせずに堂々と痛いところをついてきた。





「高梨さんにも、このこと言わないんですか」



 頬を指さして、マスクにそっと触れていた。





「言わないよ。蒼佑くんだって困るでしょ、あたしのこと聞かされても」

「……大体なんで別れたんですか」

「うーん……。蒼佑くんに嫌な思いさせたから、かな」

「傷ついてるのは佐伯さんじゃないですか!」





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