足踏みラバーズ
辺り一帯に響き渡るくらいの声で肩をぐらぐらゆさぶられた。
物理的に? と頬についた三本線を指でなぞってみたら、こんなときに冗談言わないでくださいよ、と俯く中島くんの足元に、ぽた、と小さな雫が落ちた。
天井の照明に照らされて反射する小さな雫を、見えないように靴底で踏みつけていた。
「なに、泣いてるの?」
にやにやしながらマスクを顎に引っ掛けて、後輩の顔を覗き込んだ。
悪趣味ですよ、と背を向けて顔を拭った袖に、染みができていた。
「下まで来てもらって悪いね。ありがと」
早く帰るんだよ、と背中をぽんぽんとした。中島くんは律儀にタクシーに乗り込むまでしかと見届けて、小さく手を振って別れた。
プルルルルル プルルルルル
夜も深いのに、電話が鳴り響く。
寝つけなくて、ぼーっとテレビを見ていたところだったから、ずぐに携帯を手に取った。
「蒼佑くん……」
画面に表示された名前に、応答するのが躊躇われた。躊躇して携帯を持ったまま、固まってしまった。
何度も何度も鳴り続ける携帯は、3件の不在着信を残して、静かに画面が暗くなった。
電話に出たらよかった、と震えの止まった携帯を握りしめた。
手を放したのは、あの美由紀さんという女性を選んだ証拠なのだと思うけど、あっさりを手を引けるほど、簡単なものではなくて、蒼佑くんと同じ細めの体格の人を目で追っては、違う違う、と頭を振った。
特徴的なぴょこっとくくった襟足の男の人なんてそうはいなくて、似通った芸能人が出ているチャンネルで止めてみたり、なんてことを繰り返して、喪失感を抱いていることにやっと気づいたのだった。
ぼすん、とクッションに顔を埋める。
クッションというには大きすぎて、これはソファーのない部屋にソファー代わりに置くやつだよ、とお腹を抱えて笑う蒼佑くんが浮かんできて、ぐりぐりと呼吸が苦しくなるくらい深く顔を押し込めた。
どのチャンネルを回しても、年末がもうすぐそこだと示すように、特番のバラエティが放送されていた。
いつもだったらテレビショッピングくらいしかやっていない時間でも、暇つぶしには困らなかった。
LINEなんて面倒で、普段は見ないタイムラインも、何度も下にスワイプして、誰か起きている人いないかな、と都合のいいことばかり考えていた。