足踏みラバーズ
口先だけで述べる謝意は、冷たく、ありがとうという言葉には程遠い。
帰れ、と追い出す気はなかったけれど、ここにいられるのは、少しだけ気が重い。
そんな面倒な言い回しを察したのか、蒼佑くんが口を開いた。
「おれ、明日から正月休みだから、えっと……」
このまま家に泊まっていきたい。
彼の言葉をきっちりと理解した上で、「あたしは明日も仕事なんだよね。あ、もう今日か」と、畳みかけるような物言いで、重そうな腰をゆっくりとあげて、玄関へとぼとぼ歩いて行った。
「帰り大丈夫? タクシー呼ぶ?」
「や、父さんの車で来たから大丈夫」
「そっか」
それ以上言葉が続かなくて、じゃあ、と背を向けようとした蒼佑くんを引き留めた。
「……蒼佑くん。鍵、置いてって」
え、と勢い良く振り返った彼は、言葉が出てこないようだった。
きょろきょろと視線を泳がせる彼は、心を落ち着けようと呼吸を繰り返していた。
部屋で言うより、玄関先で言ったほうが、考える余裕もなくてすんなりと受け入れてくれるかも、と短い時間で考え抜いたつもりの策略は、思っていたほどはまらなかった。
「……やだ」
やだじゃないよ、と努めて冷静に呼びかけた。
「……おれは弁解も、させてもらえないの?」
ゆっくりと合わされた視線は、私の目を一点、しっかりと見つめていて、逸らしたくなってしまう。
「……弁解ってなに? 手を振り払ったこと? 目の前で他の女の人のとこに行ったこと? それとも浮気してたこと!? どれを、言い訳、しようって……」
怒るつもりで呼気を荒げたけど、言い終える前に、視界が歪んでしまってもごもごごと口を閉ざしてしまった。
わかっていたけど、ちゃんとこの目で見たけれど、それを口にしたら泣いてしまいそうで、必死に涙を堪えた。
人の前で、泣きたくない。
泣くならこっそり、誰にも見られていないところで、ひっそり涙を流すくらいがいい。
けれど、理想と現実は結び付かないこともある。
感情を、うまく制御できない。
説明がつかなくて、行き場を失って押し隠そうとする感情は、口から出ないで目から零れて、しまうのか。