足踏みラバーズ
ごめん、と深く深く、身体を折り曲げる彼を見ても、どうしていいかわからない。
顔を上げた蒼佑くんは、「おれが、この鍵置いてったら、誰にやるの」と聞いてきたけど、心が乱れて理解力が鈍っている。
なんのこと、と見開く目を見て、ぼそっと、呟いた。
「……やっぱり、瑞樹とつき合うの?」
おれじゃだめだったかな、と隠しもせずにぼろぼろ零れる涙を見て、私のまわりは涙もろいやつが多いらしい、とくすりと笑えてしまった。
「あたし、蒼佑くんより瑞樹が好きだなんて言ったことないよ」
理解力に欠けた頭は、途端に歯車が噛み合って、ガコンと動き始めた。
なんだ、結局悪いのは私のほうだったんだ、と腑に落ちた。
それでも今ここで蒼佑くんを受け入れられるほど、器量のいい女にはなれなくて、自分の意見を曲げる気はないと、できるだけ気丈に振る舞うしかない。
「……ごめん。ほんとに、ごめん、百合子ちゃん……」
「……謝らなくていいから、鍵、置いてって。早く出して」
ん、と手を差し出した。
できるだけ、冷たく言ってのけて。
チャリ、と音を立てて外そうとされる2つの鍵は、私のあげたレザーのキーケースから出てきて、沸騰したみたいに胸が熱くなった。
差し出された手のひらにはなかなかのせてくれなくて、握りしめて生温くなった鍵を蒼佑くんの手から抜き取った。
触れた手は、見てわかるくらいに震えていたけど、気づかないふりをした。
「……はい! じゃあ帰りましょう!」
頑として動かない彼を、エントランスまで押していった。
事故らないでよ、と軽い気持ちで言ったけど、事故ったら百合子ちゃんお見舞いに来てくれる? なんて冗談に聞こえない。
それでも、優しくなんてしてあげられない。
美由紀、さんに看てもらえば、と突っぱねたら、ごめん、と一言呟いた。
年末年始は、変わったようで変わらない、しっくりしない微妙なずれを感じながら過ごした。