足踏みラバーズ


 がばっと飛び起きると、ずいぶん長い時間寝ていたのか、妙に頭が冴えていた。

お腹にあった薄いタオルケットは、寝室のクローゼットの中に入れていたもの。

これをかけてくれた人物をきょろきょろと見回しても、姿がない。



「……帰ったのかな?」



 煙草を持って、キッチンに向かうと、うわっ、と声をあげてしまった。



「んあ? 起きたのか。よく寝てたな」

「んー。あたしどれくらい寝てた?」



 体を伸ばしたら、ぱきっと骨が音をたてた。ふ、と目を細めた瑞樹に、冬子たちは? と聞きながら煙草に火をつけた。



「帰った」

「ふーん。んんっ、か、帰った?」



 煙が気管の中に入って、げほげほと咳が出る。



「……瑞樹、ひとり?」

「見ればわかるだろ」



 何食わぬ顔で、紫煙を燻らせていた。さも当然のように断言されると、こちらが口をつぐんでしまう。



「ひとりだったら、瑞樹は部屋にあげらんないって、言わなかったけ?」

「ひとりでなんて来てねえだろ。あいつらと一緒に来たじゃん」

「でも今、瑞樹一人じゃん!」

「あいつらが勝手に先帰ったんだろ」



 疑うんなら、LINEでもしてみれば、とそっちのけで深く煙を吐いていた。


その隣で短くなる私の煙草を見ながら、連絡しねえの、とぶっきらぼうに言うから、疑ったりなんてしてないし、と顔に煙をかけてやった。



「ごほっ、おいやめろよ、性格悪ぃな」



 ふん、とそっぽを向いてソファーに戻った。





 2人の中に流れる空気は、とても別れた元カレと元カノのものじゃないな、と笑ってしまう。瑞樹も同じことを思っていたのか、夫婦みたいだな、とぽそっと囁いていた。



「別に結婚してないけどね。そもそもつき合ってない」

「夢がねえな、お前は」



 くくっと笑う瑞樹に心が痛む。



期待させているのだろうか、まだ、私のことを想っているのだと感じさせる態度に、応えられない。いや、応えるつもりがない、と言ったほうが正しいのかもしれない。


瑞樹は確かにいろんなものをくれたけど、情はあっても、恋とか愛とかの感情を持つことはできない。



「……蒼佑と、連絡は取ってねえのか」




< 152 / 167 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop