足踏みラバーズ
End
「おかしくないかな? この格好」
「何それ。女みたいなこと言うね」
いそいそと、蒼佑くんは黒く染めた髪を整えていた。
短く切った髪が、ふわふわとあちらこちらに靡いていて、くせ毛なのを嘆いていた。
今日、私の実家に蒼佑くんを連れていく。
結婚式を挙げる予定はまだないけれど、入籍だけはちゃんとしたくて、先に彼のご両親に挨拶に行ったけれど、ことのほか歓迎してくれて、緊張もすぐとけた。
そんな自分と対照に、緊張しきりの彼は、手にじっとりと汗をかいていた。
父親の、「ふつつか者の娘ですが、よろしくお願いします」なんてテンプレの言葉で、泣きそうになったけど、「こちらこそよろしくお願いします」と誰が聞いても震える声で、感動のシーンが笑いに変わってしまった。
それでも、忘れられない日になったのは確かだった。
記憶に残る日が、みんな笑顔の日でよかった。
緊張の糸が切れて、帰りの新幹線で府抜けた顔をして、座席にぐったりもたれかかっていた。
ありがとう、と何の気なしに伝えたら、それはあとでご両親に言ってあげて、と言ってくれて柄にもなく、感動した。
「てしおにかけた愛娘を嫁に出すって、きっと、すごい複雑だよ」
「……まあどこの馬の骨が、っては思ってるかもね」
「……どうしよう」
「いや嘘だよ。よろしくって言ってたじゃん」
そんな会話を新幹線の中で繰り返していた。
あのね、と切り出す私に、ぐったりした顔を向ける。
「家、連れてったの、蒼佑くんだけだから」
え! と大きな声を出す彼に、騒がないでよ、と膝を叩いた。
「親に会わせるとかだけじゃなくて、うちの敷居跨いだの、蒼佑くんだけだから」
「……おれ、初めて?」
「うん」
「瑞樹は?」
「連れてってない。蒼佑くんだけだよ」
「本当に? 嘘ついてない?」
「ほんとだよ」
公共の乗り物なのに、人目を忍んでキスをした。
緊張して、乾いた蒼佑くんの唇が、可愛くてたまらない。
うちに帰ったら覚悟してね、と耳元で囁かれて、このすけべ親父が、と返して笑った。