足踏みラバーズ
今までそんな雰囲気微塵もなかったのに。上手く切り抜けてきたじゃない。
いきなり何を言い出したんだ、と隣の様子を伺うと、知らんふりした顔で米焼酎をすする瑞樹と、目をまん丸くしてこちらに身を乗り出してくる蒼佑くん。
二人はまるで対照的な反応をしている。
「えっ、聞いてないよ、瑞樹! 何それ、まじで?」
「おー、まじまじ」
「何、いつから? えっ、どういうこと?」
「どうもこうもねえわ。そのまんまの意味だって」
「なんだよ、ちょっと待って。頭が追いついてないんだけど……」
いつの間にか自分が蚊帳の外になっていることに気づいて、二人に苦言を呈するも、人の話は聞かんとばかりに二人の攻防は続いていた。
「……はあ。もういいでしょ。そんな話ばっかなら、あたしもう帰るけど」
一喝したつもりだったか、効果はなかった。
強く言って楽しい時間に巻き戻したいという思いは浅はかで、こちらの思いはつゆ知らず。
一人では帰らせまいと、化粧室に行くときはスマホを持つなとか、煙草が切れてもこれ吸ってろ、と自分たちの吸っている銘柄を渡されたり。
二人とも相当な量のお酒を飲んでいて、お開きにしようと促しても素直に帰ろうとする気配がない。
終電はとっくの昔に終わっていて、始発を待つ人がちらほらといるくらいだ。
タクシーで帰ろうにも、素面でない二人を置いて帰るには気が引ける。
「どうするの二人とも! もういい加減帰ろうよー」
とお願いしてみたりもしたけれど、
「やだ」
「いやだよー。まだ聞きたい事あるのにー」
返ってくるのは同じような返事ばかり。
大の大人がおねだりしても、まったくもって可愛くない。あきれ返って大袈裟に溜息をつくと、「ん」と、鍵を差し出された。
見覚えのある、二つの鍵。……瑞樹の家の、鍵だった。瑞樹の部屋の鍵と、エントランスのオートロックの鍵をまじまじと見つめる。
「……引っ越して、なかったんだ」
小さく呟いた声は、酔った二人の耳には届いていなかったようだ。
甘んじてこの状況を受け入れ、タクシーに二人を押し込んで自分は助手席で行き先を告げる。嘔吐しないか冷や冷やしながら、何度も後部座席をのぞき込む羽目になった。