足踏みラバーズ
カタカタカタ カタカタカタ
深夜に響く、キーボードの音。作家さんとの打ち合わせの電話がヒートアップしてしまい、こんな時間になってしまった。
終電がなくなったけれど、タクシーで帰るほど切羽詰まった状況でもない。幸い、自分の家は2駅先だ。歩いていけない距離じゃない。
どうしようかな、なんて考えていると、携帯がぶるぶる震えているのに気付いた。
——電話だ、蒼佑くんから。
そういえば、この前3人で飲んだときに連絡先を交換したんだっけ、と思い出す。
あのときは、深酒をしているせいか、恥じることもなく、「連絡教えてください!」と、テーブルに頭をつけて必死にお願いされてしまった。勢いに負けてつい教えていたこともすっかり忘れていた。
夜も深いこの時間のオフィスは、既に人気も少ない。近くに人がいないことを確認して電話に出ると、慌てたような声が聞こえた。
「あっ、百合子ちゃん? 今、電話しても大丈夫?」
電話の是非を問う確認してくれるあたり、蒼佑くんの優しさがにじみ出ている。
大丈夫だよ、と返事をすると、そっか、よかった、安堵の息が漏れ聞こえた。
「この前のことなんだけど。ちょっと、その、お見苦しいところを見せてしまって、ごめんなさい……」
もごもごとずいぶん申し訳なさそうに話している。あの日の苦労を思い出して、つい意地悪心でな態度をとってしまった。
「べろべろだったもんね、二人とも。ほんっと大変だった」
「すみません。反省してます……」
「ほんとに? 反省してる?」
「してる。……百合子ちゃん、もうおれと会うの嫌になった?」
言葉に詰まる。そんなにストレートな言葉を向けられると、こちらの毒気が抜かれていくようだ。嫌だというのもおかしいし、会いたいなんて、まるで彼女気取りのように聞こえてる返答をするわけにはいかない。
「……そんなことないよ」と、煮え切らない返しをした。
お疲れさーん、と遠くから声がした。他の部署の社員が帰宅しようとしていたのだ。
反射的に耳元から携帯を遠ざけて、お疲れさまでした、と軽く頭を下げた。
「今、家じゃないの?」
こちらのやりとりが聞こえたのだろうか、当然の疑問だと思う。
編集という職種でなければ、明らかに仕事終えているはずの時間だった。もはや床についていてもおかしくない時間であることは明確だ。
「うん。ちょっと区切り悪くて。いつの間にかこんな時間になっちゃってたんだよね」
はは、と小さく笑いながら言う。
「帰りはどうするの? もう電車ないよね?」
「タクシーか歩きかな」
「えっ!? こんな時間に一人で帰るの?」
信じられないとでもいうように、呼気を高めて非難の声を上げる。