足踏みラバーズ
時間に遅れないように、10分くらい前には着くように計算して家を出たつもりだったのに、待たせてしまったのだろうか。
「ううん! ちょっとテンション上がって早く家出すぎちゃった」
喜々として笑みを綻ばせる蒼佑くんに釣られて、はは、と小さく笑った。
水族館に向かう道中、今日の格好すごく可愛いね、似合ってる、と声をかけられてくすぐったさを覚えた。
水族館は好きだ。水槽に浮かぶ魚が綺麗だから。ゆらめく水面が光に反射しキラキラと輝いている。
本来なら広大な海で泳いでいるはずの魚たちは、囲われた水槽の中でも変わらず優雅に泳いでいて、優美さが際立って見える。
「魚、きれい?」
水族館で正解だったかな、と満足げに微笑む。
「ごめん、一人で没頭しすぎだよね」
ふと我に返って恐縮した。
デートの醍醐味は、二人でキャッキャと会話を楽しむのが一番のはず。それすら忘れて何をやっているのだか。
デートではない、二人で遊びに来ただけ、と弁解するのは以ての外。お酒の席以外で異性と触れるのは、こんなにも困難なことだったらしい。
私の持っている乙女ゲームだったら、
「ぺろっと舌を出して、〝ごめん、あまりにも綺麗で〟」とか
「〝初めてのデートで緊張しちゃって……〟ともじもじする」とか、
いくらでも選択肢はありそうなものなのに。
今の私にはどの選択肢も当てはまらない。所詮それは二次元の妄想で、リアルに体現する現実世界ではなんの役にも立たない。
現実を直視しているのは仕事の現場だけなのかも、溜息が出そうになるのをぐっとこらえた。
「ううん! 百合子ちゃんの目、キラキラしてきれいだった!」
私の悩みを一蹴する。蒼佑くんは本当に素直にものを言う。こちらが照れて赤らめた顔を背けようにも、隠さないでよ、顔見せて、といたずらっこのように追いかけてきたりする。
全部、私にはないものだから。
羨ましいな、と少しの理想と重ねて見ることがある。