足踏みラバーズ
瑞樹の言葉に追い打ちをかけるように「お客さま、乗車されますか」と運転手さんから声がかかる。
すると、こちらの返事を待たずに、車の中から腕をグッと引き込まれる。有無を言わさず、乗れ、の合図だった。
「曙橋まで」
行き先を告げる瑞樹の言葉に、はっとした。
「どこ行くの?」
「どこってお前んちだけど」
「えっ、いいよ。瑞樹の家に先に行ったらいいじゃん」
「お前んちのが近いだろ」
狼狽える私を不思議そうに見ている。
そうだ、私が引っ越したことを瑞樹が知っているはずがない。こちらの都合なんて知る由もなく、タクシーはどんどん進んでいく。
焦りを隠せなくて、運転席に体を近づけた。
「すみません運転手さん、行き先、神楽坂に変えてもらっていいですか」
ええ、構いませんよと、バックミラー越しに微笑む運転手さんを見てほっと一息つく……暇もなく。
「なんで神楽坂?」
当然疑問に思うだろう。仕方ない、と成り行きながらも白状するしかなくなった。
「あたしのうち、神楽坂だから」
「は?」
「だから、引っ越したんだってば」
「……聞いてねぇけど」
「言ってないもん」
「……」
「だから今言ったじゃん」
気まずい雰囲気に耐えられなくて、窓の外をずっと見ていた。
そして、じっと我慢すること十数分。
「お客さま、着きましたよ」
やっとこの気まずさから解放される。瑞樹にお金をいくらか渡して、そそくさとタクシーを降りた。
思わず深いため息をつく。下を向いて歩いていると、こちらにコツコツという靴音が近づいてくる。
「百合子、ちょっと待て」
手を掴まれ、引き止められる。
「……なんで降りたの」
素っ気ない態度をとる私を気にもせず、ニヤリと口角を上げる瑞樹。何かをたくらんでいるような、そんな顔。
「お前んち、行こうと思って」
「……は?」
一難去って、また一難。私の周辺はなぜか、台風の勢力が衰えを見せることがない。