足踏みラバーズ
素直に答える必要もない。
言葉を濁したつもりでいたけれど、ほんの少しの言い方やしぐさを鋭く捉えて、答えを明瞭にする。7年ほどのつき合いがこんなところで仕事をしていた。
「出かけただけ?」
手は繋いだのか、キスはしたのか、家には入れたのか。
根ほり葉ほりと聞いてくる。そのうち、答えることもうんざりして、我関せずの姿勢で、ひたすらお茶を飲み続けた。
「百合子。なあって。教えてくれてもいいじゃん」
もうその質問には飽き飽きだ。
「何。してたらどうなの」
叱りつけるようにぶっきらぼうな態度で、ガタっと音をたててグラスをテーブルに置いた。
「……したのかよ」
瑞樹の問いには答えずに顔を背けると、瞬く間に目線が天井に向く。
——床に押し倒されたのだ。
「……ちょっと。やめてってば」
身をよじろうにも、力が強くて動けない。
瑞樹の胸を押し返そうと、必死に抵抗してもびくともしない。
瑞樹は無言でシャツに手をかけると、少しだけほつれていたボタンがはじけ飛ばした。
「っ! 瑞樹!」
何度声を荒げても聞く耳を持たない。一瞬視界に見えた瑞樹の目は、本気のそれだった。——怖い。
「……瑞樹。やめてよ……」
かろうじて出た声は、まるで蚊の鳴くような声で。体が小さく震えてしまっていた。
腕を掴んでいた力が急に弱まって、とっさに体を起こす。瑞樹は呆然としているようだった。
コートを無造作に掴み、携帯と鍵を手にとって、玄関へと向かう。
「……どこ行くんだよ」
聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声で、こちらへ視線を向ける。
「……頭冷やせば。鍵、ポストに入れといて」
遠まわしに、帰ってよ、と伝わるように。
「しまった、お財布忘れた……」
一晩くらいはどこかホテルに泊まろうかと思っていたけれど、そうもいかなくなった。
午前3時。
こんな遅くに都合よく身を寄せられる場所はない。幸い、コートのポケットにSuicaが入っていて、電子マネーで少しくらいは何か買えるだろう。
いらっしゃいませー。マニュアル通りの素っ気ない接客が今は心地いい。店内を少し歩いて、とりあえず雑誌のコーナーで足を止める。
頼みの綱は、今は、この無機質な機械だけ。そうしてすがるような思いでLINEを開いた。