足踏みラバーズ
顔を洗って、簡単に身支度を整えた。
出勤前の女性の身支度には時間がかかる。バタバタと室内を動きまわる冬子の邪魔にならないよう、キッチンへ向かうと、水を張ったままの食器が見えて、シンクで洗い物をした。
お礼というにはささやかすぎるけれど。
駅までの道のりを並んで歩く。
お金の心配をされたけど、電子マネーだけでもなんとか家へ帰れそうだ。
忘れ物がないか、コートのポケットに手を入れて確認する。携帯、鍵、Suica…よくこのまま家を出たなと感心してしまうほどの身軽さだった。
「じゃ、あたしこっちだから」
「仕事だったのにごめんね。ありがと」
改札口での別れ際、頑張りな、と鼓舞される。
何に対しての声援かもわからないまま、帰路へと着いた。
途中、財布を持ち合わせていないことを悔やみながら、スーパーを横目に通り過ぎる。
帰ってシャワーを浴びて、今日は晴れてるから今から洗濯したら間に合うかも、それが終わったらスーパーに行こう、と考えを巡らせ家に帰る。
部屋に戻ると、玄関には男性ものの靴が一足、家を出る前と変わらない光景。
一瞬、泥棒かも、と身構えたが、きっちり鍵を開けたことを確認しつつも、念のため、と忍び足でリビングへと向かう。
こっそりドアを開けると、そこには、瑞樹の姿があった。
ソファーに寝そべるわけでもなく、テーブルに突っ伏してずり落ちそうな毛布がかろうじてかかっている状態だった。
カーテンは閉じたままで、電気もつけっぱなしのまま。遮光カーテンだからか、まるで深夜に時間が巻き戻ったみたいだった。
シャッ、と勢いよくカーテンを開ける。大きな音に気づいて、ようやく目覚めたようだ。目を大きく見開いてピクリともしない。
「……おでこ、跡すごいけど」
自分のおでこをとんとんと指差して、大の男に似つかわない、可愛らしい寝跡がくっきりとついていることを伝える。
「……良かった、帰ってきた」
と、安堵の声を漏らす瑞樹に、間髪入れず、ここあたしの家ですけど、と返した。テーブルに瑞樹の長い脚が引っかかって、ガタっとテーブルが定位置からずれる。
少し警戒して、そこから動かないように、と釘を刺した。
「まだ帰ってなかったんだ」
明確に言葉にしなくても伝わっていたはず。少し棘のある口調で言う。