足踏みラバーズ
「……ん、ほら、あ。鍵。俺が帰ったら鍵開けらんねえと思って」




「合鍵持ってったに決まってるでしょ。もうちょっと上手い嘘言えば」

「……ごめん」

「何に謝ってんの」

「……いろいろ。……百合子、怒った?」



 こちらに伺いを立てるように、恐る恐る聞いてくる。数時間前までの、両者の立場が逆転したみたいだ。



「怒ってた、けど。怒る気力がなくなった」



 今回だけは大目に見ます! と瑞樹に笑みを向けた。冬子に話を聞いてもらえたおかげで、今の私は機嫌がいい。



「……ごめんな」

「もういいってば」



 これで一段落。丸く収まった、平和だ、と思っていたのも束の間。








「……ちょっと、抱きしめてもイイデスカ」



 ん、と両手を開く。

調子に乗ってるのかと思い、何か言って懲らしめようとしたのに、ぎこちなく話す瑞樹を見て、邪まな気持ちはないのは伝わってきた。

けれど、それはだめ、と跳ね除けた。せめて手だけでいいから握らせてよと懇願するものだから、テーブルの上に両手をのせると、大きなゴツゴツした手で両手を包み込まれる。



「……あったけえ」



 そう言って、私の両手を強く包み込む。瑞樹の手は、少しだけ震えていた。



「……もうお昼過ぎたよ。そろそろ帰りなよ」



 なかなか帰ろうとしない瑞樹に、タイミングを見計らって帰宅を促す。ああだこうだと理由をつけては、帰ろうとしない。

こんな場合のマニュアルを、冬子に聞いておけばよかった。




なんだか一人で考え込んでいるのがバカらしく思えてきて、窓の外から遠くを見た。シャワーを浴びて、すっきりしようと思っていたのに。




ああ、そうだ、外が明るいうちに買い物に出よう。

平日はお店が空いてる時間に帰れないことが多いのだから、と着替えをしに寝室に入る。着替えを終え、買い物に行くことを伝えると、俺も行く、数分後にはなぜか瑞樹と並んで歩いていた。




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