足踏みラバーズ



「百合子」


 いつになく落ち着いたその声は真剣そのもので、じっとこちらを目を見つめていて、背筋がピンと伸びる。



「蒼佑とつき合うのとか、ヤなんだけど」



 なんだか聞いたことのあるような台詞。

それは、高校時代に聞いた「お前が他の男と仲良くしてんのヤなんだけど」と話す瑞樹がフラッシュバックしてきて、思わず腑抜けた声をあげた。





「へ? ……何、まさかあたしのこと好きとか言うんじゃないよね?」



 バシバシ背中を叩いて、明るいトーンで茶化そうとしたけれど、私の努力も虚しく、手首を掴まれ、



「……好きだけど」


と、まっすぐな目で、まっすぐな言葉で告げられた。








 ……知恵熱が上がりそうだ。以前も似たようなことがあった。




あれはいつだったか、そうだ、17……いや20くらいのときだっただろうか?

友達というには少し距離があるけれど、知り合いと呼ぶには遠すぎる、そんな男の子に告白をされた日に熱を上げた。



当時は瑞樹とつき合っていたし、万が一にもイエスという答えは頭の中になくて、できればやんわりと、傷つけないように、そうやってノーの返事を伝えたはずだ。

同じ学校なのだから、会うことは避けられない。合同授業のときに話しかけられたら会話はするし、ノートを貸してと言われて、貸し借りだって続けていた。

進学を期に会うこともないかな、と思っていた何年後か、地元で遭遇したときに二度目の告白をされて、またもや熱を上げたことがある。

今度は二日間、熱が下がらなかった。






 人から嫌われるのは恐い。

できるのなら楽しく平穏な生活でありたい。

……けれど、人から好意を向けられるのはもっと恐い。



好意というのは受け取るか受け取らないかの二択しかないし、その上、直球な言葉にしても濁した言葉にしても、好意を受け取らなければ人を傷つけてしまうのは避けられない。

こんな、こんな、人の人生を、一瞬でも一端でも、自分に預けられるのが怖い。








 フリーズしていた私の顔をむにゅ、とつねる。


「目、開けたままだったけど」



 ロボットかよ、と頬を上下にぐにぐにと抓まれた。先ほどとは打って変わって、すっきりとした笑顔が浮かんでいた。




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