足踏みラバーズ



 何度目かの浮気から部屋に戻ったある日。


百合子に、あたしがいる意味ってなんだろう、小さな声で問われたことがある。哲学的なこと言ってんなよ、と軽くあしらってしまったけれど、浮気をやめろという意味だったんじゃないか。

それまで一度も浮気を疑われたこともなければ、百合子と仲のいいアイツら3人に相談した様子もない。……一人で、ずっと考え込んでいたのだろうか。




それでも二人の関係修復には至らなくて、だんだんと一緒にいることが苦しく感じることもあった。

身勝手で、はた迷惑な感情だ。





仕舞いには、好きなヤツができたと嘘を、ついた。

そうすれば、こちらを見てもらえるかもしれないなんて、浅はかな、考えで。








 別れを切り出したのは俺だ。

お前なんてもういらないと、手を離したのは俺のほうなのに。



百合子を忘れるばかりか、日に日に強く思うばかり。

何度も連絡をしようとした。けれど連絡をしたとして、エラーで返ってきたらそれはもう完璧な終わりを示すことになる。

それが怖くてずっとたじろんでいたが、蒼佑の一言でチャンスだと思った。きっかけはなんでもいい。連絡して、会うことさえできれば、どうにかできると思っていた。




けれど前と同じままではない。

変わってなかったのは連絡先だけで、家も、交友関係も新しくなっていて、何より蒼佑という自分が心許している友人が、百合子のことを好きだという。



「……やべ、のぼせそ……」



 それでも。もう一度チャンスがあるのなら、今度は絶対離さない。一度離したあの手を、もう一度掴むまで。















「佐伯〜。ちょっと」

「は、はい!」



 編集長から会議室へ来るように言われて、緊張の面持ちで向かう。何かミスをしただろうか、数秒の間に頭をぐるぐると回転させる。



「佐伯」

「はいっ、すみません!」

「……まだ何も言ってない」



 何か謝るようなことをしたのか、とくすくす笑う様子を見て、怒号を飛ばされるわけではないと確信し、少し肩の荷が下りた。



「次の号から、清水先生の担当な」

「えっ!?」



 二人しかいない会議室で、誰に聞かれるわけでもなくキョロキョロと辺りを見回して小さな声で話した。



「中島くん辞めるんですか?」



 ああ、違う違う、と手を振って否定する。すると、急に重たい空気へと変わる。



「辞めるんじゃなくて、担当替え。今度挨拶行くからな」





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