足踏みラバーズ
頼むぞ〜とゆるく会議室を出る編集長の背中を見て、つう、と冷や汗がつたった。
話を聞くところによると、どうやら清水先生と中島くんの関係がうまくいっていなかったようだ。
清水先生は心配性な性格のため、自分の言っていることが担当さんに伝わっているのかと不安に思っているようだった。対して、中島くんはやんちゃというか素直というか。清水先生の夜中3時にかかってくる電話も、寝たら悩みは解消する、そんなアドバイスも信じて疑わずにするタイプだ。
人には相性がある。
ちょっとした言い回しが気に障ることだってあるだろう。たとえ一時は小さくとも、塵も積もれば山となる。気づいた頃には、関係修復が困難になっている場合だって当然ある。
そんなわけで、今回の担当変更に至り、私に白羽の矢が立ったということだった。
清水先生も不安だろう。
けれど、中島くんだって落ち込んでいるだろう。
これから年に何回かの、忙しい日々が訪れそうだ。
「では清水さん、こちらが新しく担当させていただきます、佐伯です」
「佐伯です。急な担当変更で申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
ニコニコと印象が悪くならないように、なるべく柔らかいトーンで話す。
「こちらこそどうぞよろしくお願いします」
心配症な方だと聞いていたから、おどおどしている人なのだと思っていたが、ずいぶん印象が違った。内心びっくりしたけれど、極力それは表には出さないようにと意識する。
「では後日、打ち合わせということで。打ち合わせはこちらの先生のお宅でよろしいですか?」
「はい」
「承知いたしました。そうしましたら、今描いている原稿を入稿したあと、ご予定の確認の電話、入れさせてもらいますね。よろしいですか?」
「はい、お願いします」
「それではどうぞよろしくお願いします」
深くお辞儀をして、先生の仕事部屋を後にする。
緊張したー、と深く呼吸をした。外の空気が異様に美味い。
うまくやれよー、とプレッシャーをかけられて一気に美味しい空気が排気ガスのように思えたけど、はい! と運動部の学生のみたいな威勢のいい返事をした。
「中島くん、清水先生の引継ぎの件なんだけど」
「あー、はい」
「いつ都合つく? 今校了前だから忙しいとは思うんだけど」
「そうっすね」