足踏みラバーズ
今まであまりゆっくり話す機会もなくて、中島くんのことはよく知らなかった。
割と人懐っこくて、けどちょっと小生意気な口調が子犬みたいだと、童顔なことも相まってすいぶん年下だと思っていたけれど、歳は一つしか変わらなかった。
私は入社してからずっと今の部署にいるけれど、中島くんは昨年の異動で同じ部署になって、様変わりした環境に戸惑っていたのではないだろうか。
私はアラサーだけど、部署の中では二番目に若いと聞いている。
あれ、ということは相田さんはいくつなんだろうと疑問に思ったけど、それは口にしなかった。
新人の教育担当ではないからと言って、あまりに無関心でいたのかもしれない。歳が近ければ、きっと親近感もわくだろうに。
「中島くんがこんなになったのって、3割くらいあたしのせいなんじゃ……」
いや、5割か、とごにょごにょと自分で自分に言ったつもりだったけれど、中島くんの耳にはしっかり届いていたようだ。
「そんなんだったら、責任とってくださいよ」
フラフラと立ち上がる中島くんに、少し後ずさりしてしまった。
「……おえっ、気持ち悪い……」
いやな予感がする。その途端、口を押さえる中島くんになす術もなかった。
「おえっ、……」
「わー! 中島くん、待って、待ってー!」
ビニール袋の中に虚しく押し込められた私のトップス。今が冬でよかった。ババシャツ一枚のあられもない姿も、コートさえ着れば凌げるから。
「人に吐くとか、なんてことしてくれたんだ」
床に汚物をまき散らかすこともなく、被害が最小限で収まったのはよかったけど。
ぶつぶつ小言を言いながら、中島くんの背中をさする。意外と広い背中だ。
そんなことを考えながら、せかせかと歩く人に視線を向ける。
「電車で帰れる? もうあんまり時間ないけど……」
私の言葉も虚しく、ふるふると首を揺らす。
「タクシーにする? 家どこ?」
もう深夜料金だし、お金足りるかな、と財布を取り出した。すると、
「千葉です……」
と力なく漏らす中島くん。いやいや、千葉のどこだよ、と思ったけど、言葉が続くこともなく、免許証は? と住所を確認させてもらうことにした。
「免許持ってないっす……」
「え、保険証は?」
「家です……」