足踏みラバーズ
「……今、下まで降りて来れる?」
「え?」
「ごめん。勝手に来ただけだから、百合子ちゃんが嫌なら帰る」
だめかな、と言って私の返答を待つ。
窓から外を見てみたけど、私の部屋からエントランスを見ることはできない。ちょっと待ってて、と手短に言ってエントランスに小走りで向かった。
「わ、本当にいる」
疑っていたわけじゃないけれど、蒼佑くんをこの目で確かめるまで戯言かとも思えるほど現実感がなかったから、ばか正直な反応をしてしまう。
「いきなり来てごめん」
「ううん、全然」
「……」
「……」
少しの間、沈黙が走る。居心地の悪さを感じのは、私だけではないようで、蒼佑くんの顔色を窺うとバツが悪いのか、まごまごしている。下に向けていた視線は私のほうへと向き、のどぼとけが上下するのがわかった。
「……百合子ちゃん、今部屋にいるの、男の人……?」
ちらちらと遠回りな質問に、意図が読めなかったけれど、彼氏……? と消え入るような声聞こえて、ようやく察した。
「後輩だよ、会社の。さっきまでげーげー吐いてた」
あからさまにほっとするのが見て取れた。すると、まなじりを決して
「あのっ、その後輩の子が帰るまで、おれ、ここにいちゃだめ、かな」
と、告げる蒼佑くん。堅い表情をして、指が白くなるくらい、ぎゅっと服の裾を強く握っていた。
「ああ! うん、全然いいよ」
オートロックを開けて、エレベーターのボタンを押し、部屋へ戻ろうと歩き出す私とは対照に、ぽつんと玄関外に立ちつくす蒼佑くん。
閉じたガラスドアを再びくぐり、来ないの? と声をかけると、拍子抜けした顔をして後を追ってきた。
「お邪魔します……」
きょろきょろと落ち着かない様子の彼を部屋に招き入れる。
「ここで後輩寝かせてる」
と、小さく扉を開けて、聞かれたわけでもないのに弁解している自分が滑稽に思えた。
どうやら蒼佑くんは、ここまで徒歩やらタクシーやら電車やら、数多の移動手段を駆使して来てくれたのだという。
時計を見ないで家を出たら、まだ始発動いてなかったんだよね、ばつが悪そうに頭を掻いていた。
しばらく話をしているうちに、蒼佑くんの穏やかな声のトーンが眠気を誘い、うとうとし始めていた。すると、けたたましい声が響く。