足踏みラバーズ
「おれにもチャンスが欲しい」
「……」
「半年、いや、3カ月、……1カ月でもいい。つき合ってほしいんだ」
どう、答えればいいのだろう。胸がざわざわして、落ち着かない。
「もっとおれのこと知ってほしいし、百合子ちゃんのこと、もっともっと知りたいよ」
「……えっと……」
「それでだめなら、きっぱりふってもらってかまわない」
ね? と顔を近づけてくる。どうしよう。今すぐこの場から逃げ出したい。
「あっ、また遊びに行こ! デート、ね。そんなに深く考えないでいいからさ」
お試しってことで、とにっこりと笑う。
やっぱり自惚れではなかったのかもしれないと、口を真一文字に結ぶ。深く考えなくてもいい、なんていうのは無理だ。
私にとってつき合うどうの、なんていうのは人生の一片が揺らぐくらいのことで。もしかしたらこの考え自体が時代遅れなものなのかと視線が揺れ動く。
「……蒼佑くん」
「ん?」
「あたしの、どこを、そんなに……いいと思ってくれたの」
つき合って、という言葉には返事をせずに、ぽつりと口にした。
「あ、ごめん。やっぱり、いい」
彼の言葉も待たず、自分が投げかけた疑問を撤回した。
瑞樹くんの表情をこっそり伺おうとすると、お見通しだったのか、にこにこと笑みを浮かべている。ふにゃっとした笑顔が、少しだけ緊張感をほぐしてくれる、優しい、表情だ。
すくっと立ち上がった蒼佑くんは「百合子ちゃん、おれ帰るね」と玄関に向かって歩いていった。思わず後を追いかけたのはいいけれど、肝心な話の答えが出て来なくて、黙って立っていることしかできない。
ちょっとの沈黙が、とても長いように感じられたけど、ポンと手をのせて、ひどく優しく頭を撫でる。
「困らせたいわけじゃないよ」
また連絡するね、と小さく手を振って、彼の姿が見えなくなるまで、ただただ呆然と突っ立っていた。