足踏みラバーズ
6
「佐伯さ〜ん!」
「あれ。何、今出社してきたの?」
社長出勤か、と軽口を叩くと、いや資料探しに本屋寄ってきたんですよ、と返された。
席に着くや否や、パソコンを立ち上げている間、黙っていられなかったのか、また飲みに行きましょうね! と大きな声で言ってきた。
「わっ、こら!」
と中島くんの言葉を遮るのには遅くて、斜め向かいに座る私にもはっきり聞こえていたのだから、当然まわりの諸先輩方や上司にも聞こえている。
なになに? どういうこと? とざわつく部署内に、「この前の彼じゃなくて中島くんが本命だったんですかぁ!?」と、相田さんが止めの一言を刺してきて、早くも平和な一日が遠のき、やるせない気持ちになった。
「なんだ、佐伯、中島と飲みに行ったのか」
野次馬精神を隠すこともなく、上司にからかわれて、
「後輩ですから。飲みに行くこともありますよ」
愛想笑いでかわしたつもりだったけれど、そうはさせてくれなくて。
その上、ゲロ吐いちゃって佐伯さんちで休ませてもらったんですよ〜なんて呑気に言うものだから、会社でそれ言ったらまずいでしょうよ! と頭を抱えていた。
ちょうど忙しい波が途切れていたこともあって、一日中からかわれて散々だった。
唯一、蒼佑くんのことを口にしないでくれたことは褒めてあげたい。それを差し引いても余計なこと言ってくれたからマイナスだな、と化粧室から戻る際に、廊下にいた中島くんとばったり会って、
「今度、蒼佑さんも一緒に飲みに行きましょうよ!」
と、いい笑顔で誘ってくる中島くんにひきつった笑みを浮かべるしかできなかった。
いつなら佐伯さん空いてます? と喜々として言ってくる後輩に、や、今会いたくないから一人で行って、と不躾に答えると、何かあったんですか!? とガクガク揺さぶられて、なかなか放してもらえなかった。
「ラブホテル行きたいんですけど」
唐突な後輩の言葉に、はあ? と間抜けな声が出た。会社で何言ってんだコイツ、と軽蔑の眼差しを向けると、いや、違いますよ! と握りしめていたメモを見せてくれた。
「ああ、なるほど。ラブホテルの資料がいるのね」
それなら教育係の益子さんに言うのが筋でしょ、と辺りをきょろきょろ見廻した。
あれ、まだ来ていないのか、と各自の出勤状況が書いてあるホワイトボードに目を向ける。……何も書いてない。
あれ、どうしたものかと頭を捻ると、電話が鳴り響いた。