足踏みラバーズ
「はい、月刊クローバーです」
「あ、佐伯か?」
「益子さん? お疲れさまです」
編集長はいるかと問われたが、まだ来てないですよ、と返した。
昨日、編集長には連絡してあるんだが、と前置きし、忌引きで数日休みをもらうとの連絡だった。ホワイトボードに書いておいて、と益子さんの後ろでざわざわと忙しなく準備している音が聞こえてきて、突然の忙しさを物語っていた。
また連絡するから、と電話を切る直前に、益子さん! と、呼び止めた。
「中島くんの担当ぶんなんですけど」
なるべく手早く説明をし、そうか、まだ取材したことなかったか、と困ったような声を漏らした。
「私、益子さんの代わりに同行しようと思うんですが」
どうでしょう、と言い切る前に、助かる! と被せられる。
取材のやり方、資料の揃え方なんかを、益子さんの代わりにレクチャーする役を引き受けた。
資料として写真が撮りたいという先生の意向を組んで、ホテルに連絡。取材協力をしてもらえるか、撮影可能か、日時はいつか。自分の他の仕事とも調整して、と一連の方法を中島くんはメモを取りながら熱心に聞き入っていた。
取材期日はとんとん拍子に決まり、次の日には取材に向かうことになった。
「ラブホとかテンション上がりますね!」
オレ初めてです〜と、うきうきしている様子の後輩を尻目に、私は気持ちを落ち着けようと必死だった。私だって一回しか行ったことないですけどね! というのは絶対に内緒だ。
作家さんと合流して、取材協力をOKしてくれたホテルへと移動する。
「他のお客様のご迷惑になりませんよう、お気を付けください」と、少し緊張しながら室内に入る。途中、エレベーターや廊下の内装もふんだんに記録して、部屋に入ってからもパシャパシャとたくさん写真に収めていた。
寝転んだシーツの皺も撮りたいです、とペッドに寝転んでみたり、数時間で何百枚にも及ぶ莫大な数の資料を撮ってホテルを去ろうと門をくぐる。
すると外に寄り添う二人の人影が見えて、お客さんかな、とチラリと横目に視線を向けた。
「っ、百合子……」
その声は、焦りを必死に隠そうとしていて。一人ホテルの前で立ち止まる私に、後輩が不思議そうに声をかけてきて、平静を寄り添い、軽く会釈をしてその場を去った。